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Re: 「海峡派」142号(北九州市) その1 バラエティーに富んだ短詩型ジャンル、 シュールな清水啓介「黒いバス」の方法意識

 投稿者:清水啓介  投稿日:2018年 5月25日(金)21時17分28秒
返信・引用
  > No.296[元記事へ]

ご紹介ありがとうございました  清水啓介
 
 

Re: 「海峡派」142号(北九州市) その1 バラエティーに富んだ短詩型ジャンル、 シュールな清水啓介「黒いバス」の方法意識

 投稿者:清水啓介  投稿日:2018年 5月25日(金)21時12分3秒
返信・引用
  > No.296[元記事へ]

> ・現代詩は岐路に立っている。詩人も詩の書き方の方向に迷いを覚えて展望を暗中模索している状態であるし、愛読者も流行りの音楽の歌詞には関心を払うが、寂しいことに純粋の現代詩には関心を示さない状況が長く続いている。若者の世代が減少してくるにつれ、詩を書く者は減り詩を読む者は急激しているのだ。
>  減少しているのは詩ばかりではない。短歌、俳句も減少している。それは、金になるものではないからだ。高度成長時代が終わり生活が厳しくなると現代詩、短歌、俳句人口は急速に減少し始めた。趣味などやる余裕がなくなったのだ。
>
> ・しかし、詩は読者が読む読まないにかかわらず詩人によって書かれる。詩人は詩を書くことによって悲しみが癒され、慰められている。それは詩の神通力とでも言えるだろう。あるいは、祈りとでも言えるだろう。
>
> ・横山令子「高く手を振って」は、描写がやや平凡ながら、作者も慰められ読者も心が洗われる作品。第一連紹介。
>
>    庭の椿に雀が集まってきた
>    賑やかで 元気な声が響く
>    どんな合図があったというのか
>    いっせいに飛び立って行く
>
> ・小川ひろみ「山、笑う」は、詩を書く自分を客観的に見詰める作品か。最終連紹介。
>
>     樹々を抜ける風のごとき一瞬の命
>     書こうが書くまいが
>     どうとでも好きにするがいいと
>     山、笑う
>
> ・清水啓介「黒いバス」は、戦後詩世代が詩作品にとりこんだ懐かしいシュールな喩法を駆使していて共感するものがあった。全文紹介してみよう。
>
>     小さな路地ばかりの その街を
>     不思議なバスが ゆっくりと はしる
>     車体は 真っ黒
>     運転席の窓も 真っ黒
>     客席の窓も 真っ黒で
>     そのぶん
>     それら客席の窓にはガ内側から それぞれ
>     人の横顔の実物大写真が貼られている
>     その黒いバスは
>     道行く誰の眼にも見えてはいるのだが
>     意識にのぼることは全くない
>
>     今日も その黒いバスは はしる
>     ゆっくりと はしる その後を
>     おびただしい数の ぼんやりとした
>     はかない人影たちが
>     黙々と 尾いて行進してゆく
>
>    ・味のあるシュールな世界読み終へし花散りしあ
> との寂しさ   石塚 邦男
>  
 

日大アメフト部の騒動は醜い

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2018年 5月25日(金)07時53分44秒
返信・引用
   アメフト監督、コーチのマスコミ対応のまずさは、眼を覆いたくなる。指摘されている危機管理の在り方が問われる。選手、生徒を守ってやるのが学校。それを生徒のせいにして自分たちに責任がないというような始末の付け方をするなど、もってのほかだ。  

10365   時々カウンター

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2018年 5月24日(木)09時49分56秒
返信・引用
  ・まだ数冊残すので、読み終えないと、ね。  

批評ありがとうございます

 投稿者:kaikyoha  投稿日:2018年 5月23日(水)18時32分31秒
返信・引用
  お元気ですか? 九州は日中は暑くてクーラーをつけ、朝晩は肌寒くて上着を羽織るというような寒暖の差が激しい日が続いています。「海峡派」その①、その②のご批評、ありがとうございます。先日20日に、合評会があり、その時の作品感想を「海峡派」ブログにもぼちぼちアップしていこうと思っていたところ、先にご批評くださり、感謝でいっぱいです。今後ともご指導よろしくお願いいたします。  

季刊「午前」56号(福岡市) その3  脇川郁也の詩「モルダウの流れ」の風景描写

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2018年 5月23日(水)03時51分46秒
返信・引用 編集済
   比較的水準の高い詩作品が並ぶ。それも詩人それぞれが独自の詩作法を身につけて詩的世界を開拓しようとしているのは心強い。

・降戸輝「診断前夜の背中」は、小説的散文ドラマを盛りこんだ描写を下地に前半は患者の視点、後半は医師の視点から、医術の進歩に思いを馳せる哲学的作風.。ストレートな散文描写で詩の形象力はやや弱いながら新境地を開拓しようとしているかに読める作品。最終連紹介。


    窓に人影がぼんやり映り
    カルテを開いたまま
    視線をじっと男に向けている
    微笑むとそのまま微笑み返す
    室内の冷気が
    男をそっと背中から包む

・この詩人はもう一作「コーヒーの底辺に」と題する詩作品を掲載しているが、こちらの方がは平凡なモチーフながら、詩としてのまとまり方という意味では成功しているだろう。最終連紹介。

    冷めたコーヒーに湯気はなく
    器に残った酸味の輪
    残ったコーヒーを傾けて底辺を溶かす
    湯気の向こうのステレオに
    ボカリーゼが流れ
    目を閉じて耳を澄ます

・吉貝甚蔵「虹のむこうに」は、音階のドレミの調子、水路の流れの比喩、暗喩を下地に人の世のさだめを語る内容にまとめる手腕は詩を知り尽くした技士の書きぶり。イントロ紹介。

   どこにいこうとしているのなんて問いに
   レミソの抜けた音階のような気分になって
   まるでラシファドだよって答えると

・脇川郁也「モルダウの流れ」は、プラハの街を逍遙する<ぼくら>の心情を叙情的に描写する作風なのだが、現代詩になっていて、決して単なる叙情詩でないところが買える作品。私の好きな第一連紹介。

   日のひかりをわずかに残すプラハの街では
   霧雨がぼくらの肩を濡らした
   しっとりと重く降りつづく雨である
   川と記せば流れはじめるモルダウは
   振り返りふりかえり北海を目指すのであった
 

「海峡派」142号(北九州市) その2  連載物には簡単でも前回までのあらすじが欲しい。

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2018年 5月21日(月)19時34分28秒
返信・引用 編集済
  ・作品を書くことで、いかなるベネフィット(利益)が得られるのか。損得勘定で考えると、同人雑誌の活動は世俗的な意味合いのベネフィットはないと言っていい。同人雑誌の活動におけるベネフィットは、大半は精神的な意味合いに限定されるだろう。それは、芸術活動のほとんどにあてはまるだろう。なぜ書くのか、なぜ同人雑誌に所属しているのか、という問いは、同人雑誌の古い書き手にとっては、すでに整理済みの課題であろうが、同人雑誌とは関係のない部外者からはどう見られているのか。世俗的なベネフィットを基準に考える一般には理解を超えたことかもしれない。
 以下に小説作品に触れたい。

・小説は連載物が多いのがこの雑誌の特色である。木村和彦の「対馬海峡」は最終回。はたけいすけ「あしたは晴れている」は連載15回、松本義秀「遥子と翔平」は連載4回、西村宣敏「視えない街」は下といずれも連載。前回までの内容はどうであったか、あらすじがあれば読者に親切だろう。
・川下哲男「離島の花」は、コンサルタント会社に務める<私>は、亜熱帯の島に派遣され、島の騒動に巻き込まれながらなんとか仕事をやりおえて帰ってくる話なのだが、特異な仕事の内容は興味深いものであった。  注文を言うと、毎回書かなくてもいいから、2、30枚のがっちりした作品を書いて欲しい。気合いを入れて書くと秀作が書ける筆筋が揃っているのに惜しい。単に参加すればいい、というような作品を見ると悲しくなる。気合いを入れて書いて欲しい。

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「海峡派」142号(北九州市) その1 バラエティーに富んだ短詩型ジャンル、 シュールな清水啓介「黒いバス」の方法意識

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2018年 5月19日(土)16時32分6秒
返信・引用 編集済
  ・現代詩は岐路に立っている。詩人も詩の書き方の方向に迷いを覚えて展望を暗中模索している状態であるし、愛読者も流行りの音楽の歌詞には関心を払うが、寂しいことに純粋の現代詩には関心を示さない状況が長く続いている。若者の世代が減少してくるにつれ、詩を書く者は減り詩を読む者は急激しているのだ。
 減少しているのは詩ばかりではない。短歌、俳句も減少している。それは、金になるものではないからだ。高度成長時代が終わり生活が厳しくなると現代詩、短歌、俳句人口は急速に減少し始めた。趣味などやる余裕がなくなったのだ。

・しかし、詩は読者が読む読まないにかかわらず詩人によって書かれる。詩人は詩を書くことによって悲しみが癒され、慰められている。それは詩の神通力とでも言えるだろう。あるいは、祈りとでも言えるだろう。

・横山令子「高く手を振って」は、描写がやや平凡ながら、作者も慰められ読者も心が洗われる作品。第一連紹介。

   庭の椿に雀が集まってきた
   賑やかで 元気な声が響く
   どんな合図があったというのか
   いっせいに飛び立って行く

・小川ひろみ「山、笑う」は、詩を書く自分を客観的に見詰める作品か。最終連紹介。

    樹々を抜ける風のごとき一瞬の命
    書こうが書くまいが
    どうとでも好きにするがいいと
    山、笑う

・清水啓介「黒いバス」は、戦後詩世代が詩作品にとりこんだ懐かしいシュールな喩法を駆使していて共感するものがあった。全文紹介してみよう。

    小さな路地ばかりの その街を
    不思議なバスが ゆっくりと はしる
    車体は 真っ黒
    運転席の窓も 真っ黒
    客席の窓も 真っ黒で
    そのぶん
    それら客席の窓にはガ内側から それぞれ
    人の横顔の実物大写真が貼られている
    その黒いバスは
    道行く誰の眼にも見えてはいるのだが
    意識にのぼることは全くない

    今日も その黒いバスは はしる
    ゆっくりと はしる その後を
    おびただしい数の ぼんやりとした
    はかない人影たちが
    黙々と 尾いて行進してゆく

   ・味のあるシュールな世界読み終へし花散りしあ
との寂しさ   石塚 邦男
 

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衝撃的な1冊は須田茂「近現代アイヌ文学史論」 その3

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2018年 5月19日(土)14時49分15秒
返信・引用 編集済
    須田茂氏の「はじめに」紹介

 本書「近現代アイヌ文学史論」は、札幌で発行されている文芸誌「コブタン」の36号から43号まで合計8回にわたって連載した「近現代アイヌ文学史稿」の論考にくわえて「コブタン」33号、34号に寄稿した「武隈徳三郎とその周辺」の一部を含んでいる。本書をまとめるにあたり改めて全文を見直し適時修正を行った。
 「コブタン」は札幌市在住の須貝光夫氏が個人で発行している1977年2月創刊の文芸誌である。筆者は26号から毎号寄稿しているが、その大半は近現代のアイヌ文学に関する論考デである。神奈川県川崎市在住の筆者は民間企業に勤務する者であり、もとよりアイヌ民族学・文学史などの研究者ではない。またそれらの専門教育を受けた者ではない。そのような者が近現代アイヌ文学史に関する論考を毎回誌面に発表するとなれば多くの方が違和感を抱かれたに違いない。在野研究と言えば聞こえはいいが、まさに一介の素人である。そんな門外漢の論考を毎回貴重な誌面に掲載することを許してくださる須貝光夫氏には心から感謝している。須貝氏との出会いがなければ本書が世に出ることなどあり得なかったことである。

 筆者が近現代アイヌ文学の研究を志したのは、小学校の頃から頻繁に札幌を訪れていて北海道の自然、風土、歴史に対する愛着と関心が人一倍強かったことと、十数年前に機会があって知里幸恵の「アイヌ神謡集」に関する論考を書いたときに覚えた心からの感動がきっかけである。
 アイヌ文学と言えばユカラなどの口承文芸をまず思い浮かべるが、近代以降、同化政策によって強制された日本語によって書かれたアイヌ文学については、まとまった研究がほとんどないことがその後勉強を重ねるうちに判明してきた。また、知里幸恵や違星北斗などの一握りの文学以外は、作者の名前も作品名も一般にはほとんど知られていない。そうした数々の近現代アイヌ文学の作品を読み、作者のことを調べていくうちに、筆者はそのようなアイヌ文学作品を一般に広く知らしめたいという願望を抱くようになった。それが「近現代アイヌ文学史稿」を書き始めた動機である。とくに本書にも収録した「武隈徳三郎とその周辺」は各方面から過分な評価をいただいたことから、一般には知られていないアイヌ文学の作者と作品を正面から捉え、また可能な限り既存の文献、資料を調査することで相応の成果を上げることができるかもしれないと思うようになり、2012年に意を決して連載を開始した。そして2017年3月、連載8回をもって近代編を終えることができた。原稿量も相当になったことから、このたび「近現代アイヌ文学史論近代編」を出版することとした。なにとぞ寛容の精神でご一読を乞う次第である。



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衝撃的な1冊は須田茂「近現代アイヌ文学史論」 その2

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2018年 5月19日(土)01時05分56秒
返信・引用 編集済
  ・この著作の価値は、500ページ、原稿用紙にして1000枚をはるかに超える枚数も驚くべきものだが、過去に書かれたアイヌ関係の著作を詳細に探査して著者と著作の内容を詳しく紹介していることである。さらに著作の時代的背景、当時の反響や影響の次第を詳細に紹介しているところに価値がある。

・何よりも注目すべきは、資料探査を時間の許す限り現地に足を運んで自分の目で確かめ、関係者に面接して話を聞く取材をしていることである。

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1万回おめでとう

 投稿者:小川原健太  投稿日:2018年 5月18日(金)20時17分48秒
返信・引用
   1万回アクセスおめでとうございます。去年の8月開設でこの数は大変なものなのかどうか私は分からないが(カウントが左上上部にあったのもいま知った)、日割りで見当つけてみるときっとたいへんな数なのでしょうね。同人雑誌など仲間内でしか読まれていないものを、ていねいに読んでくださるのだから貴重な存在です。私どもの「風の道」9号は月末発行の予定です。

 ところで須田茂「近現代文学史論」、私もぜひ読みたい。購入手続き等ご連絡下さい。アイヌとは隣あわせに住んでいたし、遊んだり喧嘩したり。子どもでもかなり熾烈な争いで、いま思い浮かべて忸怩たる思いもある。母方は古い家で、旧土人保護法の成立にかかわりがあったらしく、更科源蔵さんが調査にきていた。マジョリティに安住していた自分に衝撃を与えてくれるものを期待しています。
 

衝撃的な須田茂「近現代アイヌ文学史論」待望の発刊 その1

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2018年 5月18日(金)13時26分0秒
返信・引用 編集済
  ・札幌の同人雑誌「コブタン」に年二回数年に渡り連載して来た論文の労作がアイヌ関係の出版で有名な札幌の出版社である寿郎社から出版された。副題に「アイヌ民族による日本語文学の軌跡」とある。連載中から同人雑誌「コブタン」が発刊される度に専門家の間で注目され、大学の若い現役研究者から発刊と同時に問い合わせが殺到するありさまで、発刊ごとに私も数件問い合わせを受けていたものだった。

・この著作出版の特色は、評論ものの本格的体裁にある。巻末に人物、事柄の索引が詳しく細かく載っているところ。アイヌ関係の研究者にはよきガイド本になることだろう。

・近代編とあるので、現代編を今後も構想しているのかもしれない。表紙の謳い文句に「近代アイヌ文学―それは内なる越境を生き抜き、マイノリティがマジョリティに対して挑んだ知的レジスタンズである」としているように、アイヌ民族の立場に寄りそう思想的位置からの論考であるのも、もうひとつの特色であろう。

・滅びゆく民族などと言ふな夢命はぐくむ民であれかし
               石塚 邦男

・060ー0807  北海道札幌市北区北7条西2丁目37山京ビ      ル  有限会社寿郎社

      電話―011ー708ー8566

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アクセス一万超えですが

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2018年 5月15日(火)23時08分29秒
返信・引用 編集済
  大台に乗せました。
おめでとうございました・・・なんて、
ひとり乾杯しています・・ってことはない。

別にどうでもいいことです。
いい作品読みたいですね。それだけです。

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:弦103号批評御礼

 投稿者:市川 しのぶ  投稿日:2018年 5月15日(火)14時31分13秒
返信・引用
  今号も早速お読み頂きましありがとうございました。
弦は同人それぞれに特色があり、素材もテーマもその取り上げ方に特色があると思っています。
目指す方向性は違っても、書くという力は精一杯毎号発揮させようと頑張っています。
今後ともよろしくお願いいたします。  
 

同人雑誌、単行本の送り先

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2018年 5月15日(火)03時42分15秒
返信・引用 編集済
  同人雑誌、単行本の送り先は以下にお願いします。

  ・郵便―053―0011
   苫小牧市末広町1の12の1   根保 孝栄

  電話―0144ー33ー1284    携帯  090  6212 3122





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Re: (無題)

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2018年 5月15日(火)02時32分42秒
返信・引用
  ???  

(無題)

 投稿者:  投稿日:2018年 5月15日(火)01時19分2秒
返信・引用
  ●悪い奴とかがおそらく腹いせに私がきもくなる要素を送り込もうとしてるらしい!
(2018/5/15,午前零時ごろ)
やってるのは婆さんなの??(午前1:00)
禿にする気なの?左上辺りにいそうだね?(1:04)
中坊?醜い?将来?ゴリアテ?またハゲ?またキモ?ゴキブリ?
 

「弦」103号(名古屋市) その2 長沼宏之「風は木々を揺らす」 、白井康「荒ぶる大鯰」

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2018年 5月15日(火)01時09分2秒
返信・引用 編集済
  ・長沼宏之「風は木々を揺らす」は、総合電機メーカーの独身サラリーマンである牧田が不眠症に悩まされていた。そんなときに、人事異動があり、上司にやり手の岩野が着任して来た。この牧田の目線から筋書きが描写されるサラリーマンもの。新製品の値段を決める仕事をしている牧田の必死の仕事ぶり。サラリーマン世界の悲哀を巧みに描いてはいる。


・高見直宏「或る禁忌」は、知多半島の漁師町で民宿をしながら漁師をしていた父と語り手の息子の話は、舟に女を乗せてはならないという禁忌にまつわる話。

・山田実「ふたりのばんさん」は、知り合いの葬儀に出てへほしいと電話があったが、電話の主も亡くなった女性もよくは知らない。そんな奇妙なことから始まる味のある話である。

・白井康「荒ぶる大鯰」は、秀吉が九州征伐を前にしている頃、天王川が濁り、不気味な黒雲が棚引くのが目撃され、ついに大地震に襲われる話を巧みに描いた時代小説は、読ませた。この大地震、津波は他人事ではない。当面する課題である。

・空田広志「ワーゲンの女」は、年老いた夫婦の生活、近所付き合い、趣味、介護、施設などに老いらくの恋まで幅広く盛りこんだ話。

・フランシス 和田「ふたりの関係」は、金と刺激を求める貧しい若者の世界を生き生き描く着眼はいい。

・市川しのぶ「白い少女」は、脳科学研究所に勤めている恵介。女性の気持ちを理解するのが苦手だ。「困りごとなんでも電話相談」には色々な相談ごとが持ちこまれる。その窓口の女の子であるエコとの会話が面白い。時に恵介はエコと一緒に相談ごとを持ちこまれ、相手と会って解決の道を探る、という話。

 ・セクハラに鳴動しをりし国会のやりとり横目に小説を読む       石塚 邦男

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「苫小牧文学」22号 その4 人物を生き生き描く乾みやこ「サキさんの鞄」、大人の作品は中山真佐子「宿り木」、詩の書き方を知っている森れい「星の啼く空」

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2018年 5月12日(土)09時01分22秒
返信・引用 編集済
  ・ショート・ショートは起承転結の勉強にはなる。

・森れいの詩「星の啼く空」は、イントロから結句の収め方まで、洗練された技巧を駆使して冴えている。ただし、題名のつけかたが平凡。タイトルは作者のセンスが問われるもの。念を入れたい。

   首から腐っていく
   雨に嫉まれた
   蕾のおくで香りたつもの

・星まゆみ「ひまわり」は、詩語の描写はまだ平凡だが、情感があるので伸びしろに期待。散文と詩の違いを明確に判別する意識を持ちたい。散文の言葉と詩の言葉は、別の生き物のように違い、互いに外国語のように違いがあるのである。

   広大な畑地に
   いのちを燃やす作物

・中山真佐子「宿り木」は、義父が亡くなり夫婦は軽井沢の山荘で札幌在住の夫婦は過ごすことになる。それを妻の目線から描写する話。義父は夫の話では、女に寄生して生きていた男だったという。味のある話である。

・乾みやこ「サキさんの鞄」は、私が母と暮らしていたアパートの隣部屋に住んでいたサキさん。詩情溢れる描写が支えている短編は印象的だ。人物を生き生き描くいい書き手である。

 ・最年少記録書きかへ将棋うつ藤井少年大人びし顔                 石塚 邦男

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「響」24号(苫小牧) その4 夫の借金返済に奔走する妻を描いた野沢透子「雪催い」、貴重な仕事は土居重男の調査の謂れ探査「最北の吾妻」

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2018年 5月10日(木)05時41分58秒
返信・引用 編集済
  ・野沢透子「雪催い」は、パチンコなど賭け事依存症で借金を重ねた夫。離婚して突き放すこともできない主婦のみよ子は、借金の穴埋めに苦労した末に、あっちこっちから金を借りてにちもさっちいかないことになり、金を貸してくれる相手を見つけるため、未婚と偽って結婚相談所に登録する。
 ところが、付き合い始めた男の家を訪ねた折りに急に胸が苦しくなり、倒れて病院に運びこまれてしまう・・。というような話は、借金地獄に陥り、何とかしようと足掻く平凡な主婦の必死な姿を浮き彫りにした社会派風の作品で、この作者、やっと新境地開拓である。未だに事の次第の筋を矛盾なく追うのが精一杯というところがあるにしても、いりくんだ筋を読者の目線で客観的に見直す小説作りの基本を知った意味合いは大きいだろう。問題は、話の筋書きを追うあまり、持ち味の詩的な表現、文学的表現の工夫を疎かにして、話の次第を追うことに心を奪われている筆筋に陥りがちなのは要注意である。

・土井重男「ウララルイカ物語」は、昭和の初めに日高の部落に誕生した演劇団の話は貴重。この作者は、土地の地名の謂れを記した調査もの「最北の吾妻」があり、注目した。こうした仕事は貴重である。今後も継続してほしい。今回は厚真町の地名の謂れに深入りしている。


・中井ひろし「遥かなり三角点」は、農協に就職が決まった青年の職場生活とそこで知った北海道の地図作りの歴史。三角点の標石探しの話と主人公の話は小説の構成としては問題はあるものの、三角点の歴史的周辺だけは面白い。無理に小説にしようとはせずエッセイ的まとめでよかったのではないか。

・赤松亜美「帰ってきたゴジラ」は、ゴジラ映画の裏表の話だが、この映画シリーズはなかなか面白いので、ぜひ継続してほしい。

・<自分史>のジャンル項目を設定して、入谷寿一、山内房江の二人が書いているが、小説または随筆、エッセイでいいのではないか。自分史は流行りのタイトルながら、気になった。文学作品の仕分けの課題である。文学に自分史というジャンルはない。私小説で文学になりきっていない単なる棒書き叙述の作品を自分史というのである。自分史と銘うつことは、単なる叙述によって棒書きされた作品であることを意味するもので、文学的作品ではないことを白状していることになるのだ。自分史という分野を認めるとしたら、他人史という分野も認めなくてはならないことになる。一時的な俗っぽい流行り言葉に惑わされないことだろう。

 ・小説の巧拙論じる批評家の小説如何にと読みゆく日々よ              石塚 邦男

http://6928.teacup.com/37761237761/bbs

 

「弦」103号(名古屋市)木戸順子「サンバイザー」の女性心理の微妙を描いた作品

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2018年 5月 5日(土)13時32分16秒
返信・引用 編集済
  注ーこの掲示板が初期化して、前の記事の書き継ぎが出来なくなったので、改めて書きます。

・この作家は、常に水準の作品を発表してきた。この作品も読者を魅了してやまない。筋書き以下に紹介。

未熟児童を産んで早産の憂き目に遭い死なせた<わたし>は妊娠恐怖症に陥り、夫を避けるようになっていた。
その恐怖症から抜けだそうともがく女性心理にわけいる問題作。妻の私は、妊娠、出産に対する恐怖症から、養子を育てたらどうかと夫に提案するが、夫は乗り気ではない。妻の私は次第に精神的に追い詰められて妊娠恐怖症が身も心も病となって侵して行き、無数の虫が下腹部に下りてくる幻視覚に悩まされるようになる。夫の友人が経営する喫茶店を手伝っている時間帯は、奇妙な不安感を忘れているが、一人でいるとたまらない不安感に襲われるのだ。私は不安を忘れたくて、用もないのに自転車に乗って街を走りまわるようになった。知り合いに分からないように、大きな日除け帽子であるサンバイザーを着けた。知り合いに出会っても、声をかけてくることはなかった。それが不思議な安心感を覚えた。・・・というような筋書きなのだが、この作品には、女性ならでの妊娠、出産の陰に色んな悩み事があることを暗示、女性の深層心理を解き明かす秀作に仕上がり、感銘を新たにした次第である。

  ・筋書きは平凡なれど読み込めば女性の溜め息聞こへくるなり      石塚  邦男

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「弦」103号(名古屋市) 子供を産むかどうか悩む女の屈折した心理を描いた秀作は木戸順子「サンバイザー」

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2018年 5月 4日(金)17時48分24秒
返信・引用
  ・未熟児を産みながら死なせた体験のある<わたし>は、以来トラウマになってか、夜夫を避けていた・・。そんな主婦の複雑で微妙な心理を描いた秀作。

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高岡啓次郎と青木円香の作品は・・

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2018年 5月 3日(木)14時51分0秒
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   そうですね。二人の作品は、テ―マ、モチ―フから言って、100枚ものにすると濃くのある作品にアウフヘ―ベンすると思いますね。期待します。

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完成品が楽しみです

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2018年 5月 3日(木)07時00分37秒
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  ・分かりきった欠点のある作品でしたので、素描的な作品とは思ってました。ジャ―ナリストを生かすとしたら、先ずは結論が出た後の刑務所へジャ―ナリストが訪ねて話を聴く場面から始めるのも一案ですね。しかし、この手法は、推理小説にはならない。なぜなら、答えが最初に出ているわけですから、心理描写、人間関係の屈折した心理の綾を描く<純粋文学的>作風を目指すものにならなくてはならない。こいつはかなりの難物になりそうですが、やりがいもあるシチュエーションです。注目してます。 

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まったくご指摘の通りですね

 投稿者:高岡啓次郎  投稿日:2018年 5月 3日(木)05時01分55秒
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  私がいま考えているアイディアのひとつは冒頭の記者が刑務所を訪ねて、何らかのコンタクトを取るという方法です。どういう形になるかはまだわかりませんが、改作ではたぶん登場することになるでしょう。  

「響」24号(苫小牧) その3 人間存在の運命の意味を問いかける青木円香「うすらいの花」の細やかな描写

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2018年 5月 3日(木)02時26分35秒
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  ・筋書きの続きを以下に。
 ところが、慎一の性癖は生来の暴力男だったのでした。日高の実家から勘当同様の冷たい仕打ちを受けた美雪は、ただ慎一だけが頼りなのに、慎一は暴力男の正体を次第に露にする。生まれた子供に邪険にするは、美雪に暴力を振るうはで、美雪は居場所がなくなり、子供に後ろ髪を引かれながら逃亡する。その後は生きるのに必死だった。子供のことも気がかりだったが、実家の弟や妹のことも気になった。しかし、生きることに必死で顧みる余裕もない生活が続き、いつの間にか40の坂をこえる歳になっていた。そんな折に出会ったのが・・・。
 ある晩秋、セイコーマ―トの側でへたりこんでいた透をたすけて部屋に連れ帰って保護する。高三の透は親父と喧嘩して家出したらしい。透は美雪をお母さんと呼んだ。二人の生活が始まった・・。透は連続窃盗と殺人未遂の罪を犯した少年、彼を匿った美雪。人には理解できない絆で結ばれるようになっていた二人だった・・・。
 傷ついた者同士の心情を描いたこの作品は、「うすらいの花」の題名に相応しい佳作にまとまって人間存在の意味を読者に問いかける。
 若さゆえの単純行動、そして、それゆえ大人の世界に翻弄されて行く運命のいたずら、薄氷を踏むような危うい青春期の行動、それを描くことによって、人の世の運命の無残を暗示する作風は、人生の選択と運命とは何かについて哲学的命題を読者に問いかける作品に仕上がり、作者の意識するしないとは別に人生の意味を読者に考えさせる色合いの作品に結実したということなのだろう。文学作品を書く意味の重さを改めて静かに思ったことであった。

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高岡さん、小説の必然性と伏線について気になったこと

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2018年 5月 2日(水)23時22分42秒
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  ・問題点をあえていうと、最初の設定である語り手のジャ―ナリストの存在。これは、無くても良いと思いますね。理由は、この作品では語り手でもないし、また出てくるのかと読者が期待するのに、その後出てこない。最初の場面で体験話と設定しているだけ。つまり、伏線になっていない、ということです。

 イギリスの作家、小説の神様と言われたディケンズは「壁に銃が架かっていると描写しているなら、その銃はいずれ火を吹かなくてはならない。それが小説の必然性ということだ」と言っているが、ジャ―ナリストを前段に出演させているとしたら、後でこの人物の振る舞いの決着をつける場面があってしかるべきだ、ということです。決着をつけないなら、最初から出演させないことが、小説の破綻を小さくするということですね。壁に銃が架かっている描写を書くなら、その銃はいずれ火を吹かなくてはならない。それが小説の必然性ということだと、ディケンズは言うわけです。
 蛇足ですが、ちょっと気になっていたので触れておきました。

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なるほど、そうですね

 投稿者:高岡啓次郎  投稿日:2018年 5月 2日(水)07時29分33秒
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  いい提案をあいがとうございます。
同人誌に載せた作品をたたき台にして、さらに作品を完成させたいと思います。
 

高岡さん、どうも。最後に作者のひねり技が生きた作品

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2018年 5月 2日(水)03時51分24秒
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  ・そうですね。社会派の作風、時期を得たものでした。
最後に作者のひねり技が、理解できれば、この作品の暗喩を二重に楽しむことができると言うことですね。注として植物の暗喩解説を最後に付記しておく手もありますね。また、題名にこの植物の名前「ハナズオウ」を付けるのも良いと思いますね。「タイミング」ではややストレート過ぎ俗っぽい感じに受け止められるかもしれません。題名が「ハナズオウ」だと、二重の意味で暗喩的で洒落た感じになりますが、どうでしょうか。ただこの場合は、先に書いたように、「ハナズオウ」の謂れを末尾に付記したいものです。

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タイミングについての付記

 投稿者:高岡啓次郎  投稿日:2018年 5月 2日(水)03時23分9秒
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  結局、男はこのあと夫婦を惨殺することになるのだが、その前に夫婦の家の近くにあるハナズオウの樹の下で殺意を溜め込むようにじっとたたずむ場面がある。ハナズオウは桜に似た色の花をひと月ちかく咲かせる美しい樹木だが、裏切りの樹ともいわれ、イスカリオテのユダがキリストを裏切って首をくくった樹であることをここに付記しておく。小説には書いていない。  

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