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「詩と真実」823号 井本元義「君と僕」の詩作品を分析、その深淵に錨を下ろしてみた その1

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2018年 2月26日(月)03時16分54秒
返信・引用 編集済
  ・触れたいと思いながらやりすごしてしまった詩作品に、
井本元義「君と僕」の一編があったので、これについて一言触れたい。

 第一連は次のように展開されている。

   僕が泥水の酒を飲み疲れ

   白い朝が皮膚を傷めるように撫でているとき

   君はもう朝露をうまそうに飲んで起きていた

   僕はしわがれた音を立てて痰を吐こうとした

 「泥水の酒を飲み疲れ」「白い朝が皮膚を傷めるように」「朝露をうまそうに飲んで」
 このような比喩的表現は、現場の情景を映像的にくっきりと浮き出させて、
 「君」と「僕」の人物像を、まるで映画の一場面のように立体的に場面として
 浮き上がらせ、際立たせる効果を生む。このような手法は、井本元義の詩作品の
 大きな特色の一つだ。

 この作者は、フランス象徴詩の影響を濃く受け継いでいる手法を根幹に、
 独自の寓意的手法を副えて自分の手法を完成させている詩人であろう。

 フランスの象徴詩の全盛期は、シャルル・ボードレールを祖として、
 十二歳若いステファヌ・マラルメ、その二歳若いポール・ヴェルレーヌ、
 さらに十歳若いアルチュール・ランボーの系譜に繋がっている。

 ボードレールからランボーまで三十三歳の年齢差があるにしても、
 系譜としては同世代的精神風土で詩精神が育まれたといっていいだろう。 

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出席者が女性だけの「朝まで生テレビ」で浮いていた司会者の田原総一朗

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2018年 2月24日(土)02時26分16秒
返信・引用 編集済
  ・なんじゃこれ?司会者の田原総一朗は、
女性の「多様な生き方」の議論では、完全に浮いていて、
女性論客の話にトンと理解を示していない。

・国は、労働力不足にどう対応する気なのか・・
暗中模索は、当分つづきそうだ・・・。

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同人雑誌の作品も、保守的に

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2018年 2月23日(金)06時52分49秒
返信・引用
  同人雑誌の作品も、ずいぶん保守的になったものだ。
同人雑誌は、いつの時代も時代を映しているものだ。

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「海」19号(太宰府市) その1 因習に囚われた邑社会を暴く力作は有森信二「家畜化計画」の小説、井本元義の「文学散歩」の楽しい世界

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2018年 2月22日(木)10時33分48秒
返信・引用 編集済
  ・この掲示板開設でお世話になったのが、この雑誌の編集発行人である有森信二さん。
真面目で誠実なお人柄は、九州の文学界でも広く知られている。
この雑誌には毎号巻頭に「海のことば」が掲げられているが、
今号は私と同じ苫小牧市在住の高岡啓次郎さんが担当。

   海は存在そのものであり自在に成るものに成る

   海は涙である

   海は苦闘の汗である

   海は血である

   我々は海を所有し、同時にその一部となる

上のような十四行の詩を掲げている。


・上水敬由「花と落葉」は、私小説的なエッセイであるが、
大学の図書館に勤務していた経験から、図書館の内部業務を明らかにしていて
面白かった。迷惑な寄贈本のことなどの処理について語っているところが
なるほどそんなものかと参考になる。

・井本元義の連載エッセイ「あちらこちら文学散歩」⑥は
アルチュール・ランボーの妹の死、放浪の始まりなどについて、
写真、図入りで詳しく紹介していていて、
興味ある者には垂涎の内容になっている。
今後の連載に注目である。

・中野薫「幼稚な日本人」は、交番の警官を経験したことのある作者が、
何でも問題を交番に持ち込む市民の幼稚な行動に疑問を抱いたことを、
事例を挙げて紹介しているエッセイに、なるほどと納得した。

・有森信二「家畜化計画」は、定年間近い健治が、
田舎で一人暮らししている母を福岡に呼んで一緒に暮らそうとしたが、
先祖の土地から意地でも動かないと言うので困り果てる・・という話から
母の生い育ちと、健治の生まれ育った時代を回想する話であるが、
土俗的な村のおぞましい風習や暗い生活が凄まじくリアルに克明に描写されていて、
民俗学的的にも貴重な問題の力作になっている。

昔ながらの夜ばいの風習、夜、夫の留守中に忍び寄る男たち、
子は親や実家の存続のためにだけあるという家の旧い価値観、学問は必要ない、
子は先祖からの家と土地を守り次代に引き継ぐためにのみ存在すればいい・・
そんな家風が延々つづいてきた村の掟の歴史・・などなど、
暗い因習に囚われた村に生まれ育った子供らと親たちの昔ながらの生き方など、
戦後しばらくまでつづいた村のおぞましく暗い因習を背景に、一つの家族を例にとって、
祖父から孫たちまで三代の生き方を告発、明らかにしている内容は、
日本の伝統的な村の暗い歴史を読者に考えさせてやまない。

この作品は、典型的な日本の旧い村社会に長く残っていた
マイナスイメージの世界へあからさまに切り込んだ特異な作品である意味でも
注目すべき作品と言えるもので、世間の立居振る舞いが大きく変わる時代のはざまで、
因習に固辞した祖母のトシ、嫁の克子、
因習に反抗して新しい時代に協調した生き方を選ぼうとする長男の健治の生き方を通じて、
日本の村社会の変貌のさまを描いたこの作品の位置づけは
重い意味をもつものであろう。

好みを超えて因習に囚われた旧い村社会のどす黒い歴史を考えさせられる作品であった。

一首献上

  ・因習に囚われ来たる邑に生ひどす黒き闇拓かんとする  石塚 邦男 

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「海峡派」140号(北九州市)  資質を感じる西村宣敏「砂の砦」

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2018年 2月22日(木)07時40分13秒
返信・引用 編集済
  ・川下哲男「七月のプリン」は、甲子園を目指す高校の野球部の話。
三年生部員が五人しかいないのに、県予選が一ヶ月後に迫っている。
なのに、キャップテンが試験のカンニングがばれてしまい、自宅謹慎の処罰を受ける。
新しいキャップテンを決めなくてはならない。二年生八人、一年生五人を加えて
合計十八人の野球部のピンチだ。三十枚に満たない短編で、
特別巧い作品でもないが、素材が新鮮で印象的だ。

・山田キノ「勇者の剣」は題名だけ見ると時代劇みたいだが、さにあらず。
僕が父と屋根裏の掃除をしていたら、年季物の剣らしきものが出て来た。
「こんなところにあったか」と父は剣を構えた。その姿はさまになっている。
刃は一メートルもあり、派手な装飾がついている。さて、どう展開する小説だろうか、
と思ったら、何と、五枚ほどで終わっている。イントロが面白いので、
せめて十数枚にでも仕上げたい作品。小説創りは粘りがなくては仕上げられない。

・西村宣敏「砂の砦」は、大学紛争の話なのだが、
バスケットコートの場面から始まる描写が、なかなか巧みで存在感があるので、
引き込まれて読んだ。そのイントロの部分を引用してみる。

 薄曇りの空が、眠気を誘うように、また夥しい記憶と予感を重く覆い
ながらゆっくりと揺れたようだった。皮膜に似た雲が日射しをすっかり
隠し、その鈍い照り返しだけが底の方にあった。冬の終わりの、吹きさ
らしのコンクリートのバスケットボールコートは、少し寒かったけれど、
達夫の体は、いましがた激しく動いたせいで快いくらい暖かかった。彼
はコートの端に座りこんで、すぐ後ろの金網に背をもたせながら、ぼん
やりクラスメートのゲームを眺めていた。

・このような描写には、この作家の小説の才能が垣間見えるのである。

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「海峡派」141号(北九州市)  若作りの詩作品が目立つが・・

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2018年 2月22日(木)01時19分4秒
返信・引用 編集済
  ・最近は小説がやや低迷していて、奮起を促したいが、期待できる作品もあった。
今回は詩作品を取り上げてみたい。未だ若々しいが将来性ある作品が並んでいるのはうれしい。

・赤坂夕「とんぼ」

 黄金の稲穂は サワサワと/青い空には鰯雲//錦を纏った

 柿の葉や//はじけた栗の実 いがぐり坊主//どんどこ秋のはじまりだ

 この詩は、五七調の旧派の定型詩風ながら、
 童話詩的な素朴な味が郷愁を呼び、
 旧さが気にならない。

・山口淑枝「郷愁‐十月の苦瓜より」

  ああ 苦瓜/まだあるんだぁ/五、六ぽん棚の上のほうに並べられて/ある/

    このように、どおってことない詩言葉なのだが、
  行替えの呼吸が整っている詩人である。

・小川ひろみ「ミヤコワスレ」

  夏が終わったことを/グラスの影が教えてくれた

    ひかり褪せて/さびしい風の音

  「グラスの影が教えてふれた」の一行がいい。

・さとう ゆきの「わたしのライオン」

  かれは砂/海が割れて吹きあがった

    もっとむかし そう 億万年前は大陸にいたという

  ここはリアス式海岸 天然の漁港 宝の海

   第一連で夏井ケ浜の岬は恋人の聖地とよばれ
   愛の鐘が吊るされていることを説明しているが、
   詩作品では、説明は禁句。説明しないで言葉に
   するのが<詩>であるので、これは惜しかった

・波多野保延「年新たに」

   新しい陽が輝く被災地/放射能 セシウム ヨウ素 危険な記号が

   美しい山河を汚染した

   あれからー/ゆっくり復興してゆく街

   まだ、詩になりきらないなまの言葉の羅列が目立つが
   批判的詩精神があるので、書いていくうちに
   詩の書き方を覚えてきそう。


   北九州市八幡西区岡田町11-10-510  若窪美恵方

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「詩と真実」825号)(熊本市)土俗的な異色作は、園村昌弘「村を撮る」80枚の力作

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2018年 2月22日(木)00時43分52秒
返信・引用 編集済
  ・つづけさまに送って来た月刊同人誌なのだが、
50ページたらずの雑誌ながら、載っている作品は、
素人ばなれした作品があって、ちょっと驚いたものだ。

・岡村昌弘「村を撮る」は、慶長年間まで領主が干拓地を造成した旧い土地柄の村に、
映画を撮りたいので、村の有力者に会いたいと小谷が訪ねていく場面から始まる。
そもそも、この作品、映画のシナリオみたいなところがあって、
とぼけた味のある村人の会話が見せ場という作品。
村人は、村が映画の舞台になることを喜び、期待するが、
決定権を持つ村の有力者は、なぜか腰が引けていて警戒する。
その理由とは、とんでもない村の犯罪が明るみに出ることを怖れているためだった。

その原因となる村ぐるみの犯罪とは・・というようなスリラーめいた筋書きに
なるのだが、この小説の持ち味は、町村合併で村の自治は霧散し、
今は、村長も村会議員もいなくなって、伝統的な昔ながらの庄屋や昔の村長、村会議員の
家長が村の決定権を持つ村落社会の不思議な実態を解析しているところにある。
それが、魅力ある村人との会話のやり取り、不思議な村の慣習が、
この世の存在とは思われない異界めいたもので、
それが民俗学的に読者の胸に食い込んでくるところが、
この作品の何とも言えない持ち味になっているのである。

最後に、映画を撮りたいと村を訪ねた主人公小谷が、村の掟に従って処刑を宣告される、
というのは、いささか現実離れした結末でいただけないとは思うものの、
異界めいた村が舞台であれば、それもありかとも思えるが、
いずれにしても異色作で、作者は長年の修練を積んだ只者ではない作者であることは明らかだ。
最近にない異色の作品を読ませていただいた。

  郵便ー862-0963 熊本市南区出仲間4丁目14-1 今村有成方 詩と眞實社

     電話ー096-378-0137




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極端を言えば・・・自分が読みたいものを書くべし

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2018年 2月20日(火)05時34分20秒
返信・引用 編集済
  ・平凡な作家は、自分が書きたいものを書きがちだ。
だが、これは作家の押し付けの我儘というものだろう。
大家なら自分が書きたいものを書いてかまわない。

・作家は自分が書きたいものを書くのも時にはいいが、
本来、自分が読みたいと思っているものを書くべしである。

・書きたいものを書くよりも、自分が読みたいものを
志をもって書くべし、だろう。
その心構えなら、少しはましな作品が書けるはずだ。

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作品の欠点は誰にでも分かる

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2018年 2月20日(火)03時44分14秒
返信・引用 編集済
  ・作品の欠点は誰にでも分かる。
だが、作品の長所を発見し見抜くのは容易ではない。

どんな作品にも長所はある。
長所をのばせば欠点は減る。

だから、作者の数少ない長所を見抜くことに集中するのが
作品の批評というものだ。
長所を見抜いて拾い取って差し上げること。
それが作品批評の根幹だ。

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文学的表現とは

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2018年 2月20日(火)03時34分6秒
返信・引用 編集済
  ・見えるものを見えないように、
見えないものを見えるように表現する・・・
写実的な事柄は抽象的に、
抽象的な事柄は写実的に表現する・・・

文学的表現とはそういうものですね。

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「私人」93号(東京都) えびらかんじ「建築事務所勤務」の業界物、鈴木真知子「幾たびの今宵」の士族の末裔の話に見る着眼

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2018年 2月19日(月)07時09分10秒
返信・引用 編集済
  ・同人雑誌に良くある小説に、同窓会小説、定年退職小説、闘病小説というパターン。
久しぶりに同窓会が持たれて会った友人・・、あるいは定年退職して、
さて何をして日々をおくったらいいのか・・または、検査入院して・・などの話の展開である。
これだと月並み小説になるのは目に見えている。
そこで、たとえ小説のヒントが同窓会だったり、定年退職であったり、入院小説であっても、
それを巧みにアレンジしていく別の筋書きや人物設定に置き換える小説創りをしなくては、
新鮮な印象の作品作りはできないことを認識したいものである。

・小説は、作者が書きたいものを書くのではなく、読みたいものを書いてほしい、ということである。蛇足はそのくらいにして、本文に入りたい。

・えひらかんじ「建築事務所勤務」は、題名通りの建築事務所の裏事情を背景にした小説。
米国で教育を受けた主人公の私が無試験で入社、入社二年後には一級建築士の資格を取得し、
会社の評判がよかった。職員組合を結成し、書記長として活躍、
高度成長時期で三年で給料が倍増した。そんな時期の日本の建築業界の内幕話はユニークだ。
ひとつだけ注文を言うと、題名が内容につきすぎであるのと、
内容が小説というよりも、業界のドキュメント的な筆筋であること。
小説を書くコツを身に着けると秀作が期待できる筆筋である。

・みやがわ芽生「十年祭」は、妻を亡くした俺が神式の葬儀を終え、
五年祭、十年祭を重ねていく過程で、家族のその後、友人のその後を
妻に報告して語りかける文体で書いて行く手法。
主人公が入院中に、行きつけの銀座のママが六十五歳の定年を迎えて、
店を閉め銀座と離婚すると手紙が届く場面は面白かった。

・鈴木真知子「幾たびの今宵」。鹿角はその昔、南部藩の家老桜庭氏の支配する土地で、
美知子の祖先は士族にこだわって城の近くに住みついた。
その旧い家で父も二年前亡くなり、美知子は一人孤独に古家に残され
結婚もせずに四十半ばを迎えている。柏城の復元運動を推進する市民
などの動きをバックに、一人住まいの美知子の生活・・という話は、
歴史をバックにした話だけに飽きずに読める。

・杉崇志「ビロード貼りのマッチ箱」は、昭和四十年代に学生生活の青春を送った話。
一杯250円か300円のコーヒーでジャズ喫茶が過当競争の流行していた時代、
連載小説を読むために新聞をとっていた女性がいたり、
大学の授業、就職活動など、往年の時代を映す楽しい風俗小説である。

・尾高修也の「E・ヘミングウェイの時代」その1は
敗戦後昭和28年に高校に入った作者(私より二期先輩)の読書歴のなかで、
特に印象深かったヘミングウェイの作品についてのエッセイは、
流暢で読みやすい文章が新鮮である。

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「弦」102号(名古屋市)その3 空田広志「糠喜び」の達者な家庭小説、詩情豊かなフランシス・和田「少年の死」、貴重な論考は下八十五「芸能史談・柳永二郎の名古屋地方の戦中慰問」

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2018年 2月17日(土)20時59分35秒
返信・引用 編集済
  ・空田広志「糠喜び」は父親の目線からの家庭小説とでも言える性格の作品。
定年間近い田原誠の娘徳子は三十一歳。
ある日「わたし、結婚しちゃう」と父親の誠に打ち明けてきた。
結婚式はしなくていいと言う。
口うるさい母親の政子に話すよりも父親が話しやすいと思ったのか。
会社はその日で最後になるか、と感慨にふけりながら車を運転していると、
横断歩道で突然ぶっつけられた。
救急車で病院に運ばれた。
そんな家庭内のごたごたの話なのだが、
歯切れいい文章と無駄のない筋運びで冗漫にならない書きぶりはベテランの筆筋。
息子のこと、妻の政子の訪問介護とデイサービスの事業開始など、
登場人物の心理の陰影も書けているので、
読者は退屈せず読み切ることができる。

・白井康「通恵河」は、1265年の中国大陸。
ユーラシア大陸の北東部を掌中におさめたフビライ。
世界を征服したモンゴル大国は、フビライほか四人の実力者が、
四等分して世界を治めることになったが、
その統一クリルタイが来年開催の運びになった。
統一帝国の都は大都。過去の王朝では一度も試みられなかった壮図である。
そして世界の海を大都につなげる計画が進む・・・という壮大な歴史の貴重な話である。

・フランシス・和田「少年の死」は、半島の海辺の村の少年と少女の詩情あふれる話。
ある日、村の駅に少女を連れた女が降り立った。女は登校拒否の少女を祖父の家に預けると
手土産のカステラを置いて帰って行った。
少年が浜で波とたわむれて遊んでいる少女を見たとき、
海の人魚の生まれ変わりではないかと思った。
ある日少年は少女を舟に乗せて沖にでる。
ところが潮に流された舟は・・というような詩情豊かな話なのだが、
最後は少年が死ぬ残酷な場面で終わるところが哀れである。

・下八十五「柳永二郎の名古屋地方の戦中慰問」は、
新派の名俳優であった柳永二郎を中心とする新派劇の
歴史的エピソードの紹介という珍しい話。
演劇人は、映画やテレビで稼いだ金を演劇につぎ込んでいた。
それは、昔も今も変わらない台所事情だ。
戦前、戦後の貴重な演劇人の振る舞いや誤って伝えられている歴史を
修正する研究として注目の論考である。


 

弦102号掲載御礼

 投稿者:市川 しのぶ  投稿日:2018年 2月15日(木)14時30分36秒
返信・引用
  「弦」新号を発行するたびに、ここで取り上げて頂くのを同人一同心待ちにしております。
木戸さんと山田さんに続いて、私の作品もご批評頂きまして有難うございました。
同人誌は発行の数からして、読んで頂ける方がごく限られております。ここに掲載して頂くことで、新読者が増えることと思います。
今後ともよろしくお願いいたします。
 

御礼

 投稿者:北原深雪  投稿日:2018年 2月14日(水)21時27分10秒
返信・引用
  「葉陰のまぼろし」へのご批評ありがとうございました。
作者が書きたかったことをくみ取っていただき、嬉しく思います。
今後の励みにさせていただきます。これからもよろしくお願い致します。
 

「弦」102号(名古屋市)その2 古典舞踊を学ぶ若い女性の話は市川しのぶ「飛龍 死すべし」の異色作 

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2018年 2月14日(水)19時47分51秒
返信・引用 編集済
  ・市川しのぶ「飛龍 死すべし」は、ある日糸子に電話があって
「ある八十五歳の高齢者が亡くなりました。身内を探しているのですが、キリヤマケイシという人知りませんか」という。
記憶がないので「知りません」と応えて電話を切ったのだが、
よくよく考えてみると、どこかで聞いた名だと思い出した。
それで、顔を見ればわかるかも、と役所の青年とその家を訪れる。
その結果、その男は歌舞伎舞踊の師でもある覚えの荻尾飛龍であることが判明する。
その飛龍と糸子の謂れは・・という話は、スリラー的でもあり、
古典舞踊の世界を究める若い女子のひたむきな稽古の話に広がる特異な世界へと展開していく。
この作者、以前も秀作を読んだ記憶がある優れた女流の一人である。

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このニ、三日アクセス100超えです

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2018年 2月14日(水)18時47分30秒
返信・引用
  ・同人雑誌の感想、つづけさまにアップしましたら、
アクセス数が一日100超えがつづいてます。
ようやく、この掲示板が認知されてきましたね。
慶賀のいたりです。

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「じゅん文学」93号(名古屋市) 北原深雪「葉陰のまぼろし」は誠実に生きた一家の話、必死に生きる若い子持ちの女性の姿を堀田明日香「四十歳のジャメヴ」

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2018年 2月13日(火)20時00分4秒
返信・引用 編集済
  ・書き残した印象的な作品を寸評。


・北原深雪「葉陰のまぼろし」。
父は米寿を迎える歳で認知症専門のホームに入所している。
九年前に母が亡くなっている。
子は東京に住んでいるキャリアウーマンの姉と私の二人の娘だが、
父の容態が悪くなったので、姉が付き添いをしていたが、
父が亡くなって・・・という話は地味でも誠実に生きた一家の歴史を
大切につむいでいるところを、作者は書きたかったのであろう。

・堀田明日香「四十歳のジャメヴ」は、一人娘から授業参観に来てほしくない、
と言われた私は、会社で必死に働いている。そんな私にも青春があった。
必死に生きる女性の姿がいじらしく書けている。

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「じゅん文学」91号(名古屋市) 特異な文体の魅力は土田真子「あと少しだけ」、半木二平「まよいて雪」

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2018年 2月13日(火)19時45分45秒
返信・引用
  ・読み残した佳作があったので、触れておきたい。

・土田真子「あと少しだけ」は、
今風の文体に近い自然体の文章なのだが、
土地言葉の会話が生き生きしていて、
三人の子どもを育てて夫にも先立たれた婦人の
孤独な生活が、土地言葉で滑稽味を帯びて描写されているのがいいのである。

・半木二平「まよいて雪」は、題名も洒落ている。
独白体の関西弁が行替えなしに延々つづく文体が
読者を不思議な小説世界に引きずり込む手法であるが、
詩的な効果を読者に訴えかけて
魅力的であった。以上二作は、文体の魅力が小説世界を際立たせている典型であろう。

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「弦」102号(名古屋市)その1 女心の揺らぎを描いた佳作は木戸博子「指のあと」、単文の畳みかける文体が新鮮な山田實「陰影の男」

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2018年 2月12日(月)17時48分1秒
返信・引用 編集済
  ・木戸博子「指のあと」。夏子が十歳のとき夫の夏彦が女性問題を起こした。
画家になりたかった夏彦は絵画教室を持ち、
カルチャーセンターの講師をしていた。
画材や展覧会の費用で、収入はほとんど消えていた。
菜穂はそれは我慢できたが絵を習いにきていた女性と夫が関係を持ったのには堪えた。
離婚したが、パパっ子だった娘の夏子にはショックだったろう。
その夏彦も二年前に亡くなり、夏子は美術大学を出て薬品会社のデザイン部に勤めて五年になる。
夏彦の葬儀には菜穂は出席せず、娘の夏子だけが出席した。
菜穂は結婚前、時折、中学、高校時代の同級生晋平と並んで林の中を散歩した。
自然な友達付き合いだ。そして、結婚することを彼に告げた。
その彼と一度だけ抱擁しあったことがあった・・・。
その彼が癌に罹って入院していると耳にし、
あとどれだけの時間が残されているかわからないが、
その時間を晋平と過ごしたいと願う菜穂・・。切ない話は佳作である。

・木戸博子という作家は、広島にもいる。ご両人とも優れた作家である。

・山田實「陰影の男」は、国内生産に見切りをつけて、
ベトナムに工場を移すことになった硝子・磁器加工工場。
デザイン勝負の業界の話を背景に、業界の変化に翻弄される
群像を描く珍しい「業界小説」。単文を畳みかける文体が新鮮で注目の作家。

 463-0013 名古屋市守山区小幡中三丁目4-27  中村賢三方

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「私人」92号(東京都) 鳴沢龍「名残りの夜空」の戦時のカナダ人捕虜との数奇な出会い、根場至「紅もゆる」の詩情

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2018年 2月12日(月)16時36分39秒
返信・引用 編集済
  ・鳴沢龍「名残りの夜空」は素材のユニークさで読ませた。
戦時中、香港陥落時に日本軍の捕虜になったカナダ人が、
横浜の鶴見捕虜収容所に収容されていたとき、主人公の勤める造船所で
強制労働させられていた。その折に知り合ったのが縁で、
戦後も連絡しあっていた。そのカナダ人が捕虜の体験を一冊にまとめたのを
機会に、夫婦でカナダへ招待される。そのドラマチックな国際的友情の話。
小説としてはやや回想録的で拙いところがあるにしても、
珍しいドラマチックな体験は事実に基づいた迫力があって読ませる。

・根場至「紅もゆる」は、義父の四十九日が終わったのに、
妻の友子はその間少しも悲しむ様子を見せないので私はいぶかしく眺める。
あんなに慕っていたはずの父親だったのに、と思うのだ。
義父は実験一筋の男だったので、次女の友子と接する機会が少なかったためか。
だが、妻の友子に訊ねてみると、父親は好きだったが、母親は嫌いだったと、
意外な応えである。その妻の友子の育った家庭とは・・・という内容なのだが、
妄想性人格障害に罹った妻の心のなかは・・という内容は、
「紅もゆる」の旧制三高の寮歌をバックにした夫婦の情愛を浮き彫りにした詩情が生きている。
楚々としたノスタルジーをたゆたわせた味のある作品に仕上がっていて読ませる。

・阿修蘭「離婚テスト」は、毎日のように離婚したいと電話をかけてくる貴子にうんざりする由布子。金銭感覚がなく、しょっちゅう小遣いをせびる、寸借はするという。
貴子はある日訪ねてきて、もう我慢できないという。
ベッドを共にすることに嫌悪を覚えるという・・そんな女同士の話は生々しく滑稽でもあり、
下世話な話だが何となく読ませる。

 郵便ー364-0035 埼玉県北本市西高尾4-133 森由利子方

     電話ー048-591-3940

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「じゅん文学」94号(名古屋市) 佳作は幸雨水「四コーナー」の珍しい騎手と競馬の話、地味ながら味のある猿渡由美子「胸の底の辺鄙なところ」

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2018年 2月12日(月)02時30分36秒
返信・引用 編集済
  ・作品の評価軸の設定の仕方は色々ある。その一つが素材の新しさ、珍しさである。
幸雨水「四コーナー」は、競馬の騎手が怪我で現役を離れ、
競馬新聞の記者になった四十五歳の男の回想的話なのだが、
騎手のなれの果ての壮絶な内容が興味をそそられた。
舞台は長良川競馬場。
主人公は中央競馬場から転属してきた未勝利馬のサンダーロードと出会う。
見限られた馬の秘めた能力を見抜いた主人公は、熱心に調教を始める。
そして、馬と共に生まれ変わった主人公は・・・という話である。
かつて、竜門冬二という作家が、昭和三十年代に優勝馬が落ちぶれて
田舎の牧場で老いていく姿を描いた「王国」という芥川賞候補作品を思い出した。

駄馬と観られていた馬を見事に第一線に伸し上げた話なのだが、
競馬の世界や厩舎や調教の模様を見事に描いているところが気に入った。
今時、馬券を買う若者は多いが、競馬の小説を書く者はほとんどいない。
貴重な存在だ。

・猿渡由美子「胸の底の辺鄙なところ」。
美穂は半ば痴呆の八十の母照子と暮らしている。
大学を出て何度か職場がかわり、
バイトしたりして過ごすうちに父が亡くなったのだ。
生活費は母の年金、大きな買い物があるときは父の貯金を使う生活で
母の面倒を見ている。美穂にも胸のときめく相手がいたときがあった。
その柳田にショッピングモールの駐車場で見かけた。だが、声をかけられない。
そんな女の孤独な日常をさらりと描いた作品なのだが、地味ながら味のある作品である。

・堀田明日香「笹舟を浮かべる」は、実家で独り身だった兄が亡くなり、
遺族は家を売却することにした。美代子がこの家を出たのは18のときだった。
全寮制の看護師養成学校に進学、病院勤めのあと結婚,香織が生まれ8歳になる孫ができ
美代子は69歳になる。その美代子や孫の香織の目線から親兄弟の思い出話を語る。
古里とは何か、実家の持つ思い出の重さを問いかける作品である。

・古川蔽「北の空」は、スキー競技に若い情熱をそそいだ若者たちの話。
ノルデックやアルペンというスキー競技の実技が展開するところが珍しい
素材のスポーツ小説である。ジャンプを失敗して頸と頭を痛め帰らぬ人になった選手
の話を中心に、熱戦のさまがリアルに描写されたスポーツ小説は貴重だ。


  郵便ー463-0003  名古屋市守山区下志段味字西の原897 戸田鎮子方

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「カプリチオ」46号 その4 美里けんじ「木地師の長老から聞いた話」、菅野正義「阿夜詞志への招待」の二つのエッセーの暗喩と寓意

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2018年 2月12日(月)00時37分7秒
返信・引用 編集済
  ・日本列島には異形の神が存在する・・・。
美里けんじ「木地師の長老から聞いた山の神の話」
作者の美里けんじ氏が聞いた話の総論であるが、
これには現代人が歴史の中で忘れて来た土俗的な歴史の意味が込められていて
興味深いものであった。そして、この日本の精神の原風景のなかに、
日本文学のDNAの螺旋模様が隠れているような気がする。

・菅野正義「阿夜詞志への招待」は、同人の塚田義昭氏の創作集「迷宮肖像」の
解説、分析という内容。「迷宮」とは何か、「肖像」とは何か、
についての興味深い考察である。
菅野氏はいう。「おれはこれをフリー浪漫と呼び、ダダやシュールなどのような主張力のあるアート文学の一派を作ることを目論んでいる。これをしない限り文学に未来はない」

こうも仲間の文学に惚れ込んだ赤裸々な言葉を最近読んだことがないので、ギョッとして読み返してしまった。菅野氏はいう。「オレの言いたいことは、せめて自分の心の深いところにある感性を引き出せる文学をやるべきだということである」

・当たり前のこの言葉の背景は意味深い。

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「詩と真実」新年号823号(熊本市) 右田洋一郎「ぎゃくてんの海へ」の暗喩的寓意作風の魅力、 力作評論は宮本誠一「損壊と悲観‐両者の変域から考える」の文学の臨界点を解き明かす筆筋に注目

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2018年 2月10日(土)03時15分27秒
返信・引用 編集済
  ・この雑誌、月刊発行で全国的に珍しい。
確か私が二十代の頃から覚えのある誌名である。
詩の商業誌や「文学界」だかの同人雑誌評などで度々評文が掲載されていた記憶がある。

・新年号の今号には右田洋一郎の散文詩的味の小説「ぎゃくてんの海へ」が
掲載されていたのを面白く読んだ。筋書きを簡単に紹介すると、
ある日、僕の部屋に大波に弾き飛ばされた<そいつ>が飛び込んできて、
紫色の汚物を吐き出した。部屋は磯の香りで充満される。
ぼくはみじめな<そいつ>を憐れんで、「ぎゃくてん」と名付けて一緒に暮らすようになる。
そいつの中から「ナナ」と「クロ」と名乗った得体の知れないやつが這い出してきて、
「ぎゃくてん」を食いたいらげてしまった。
ぼくは恐怖に襲われて部屋を逃げ出す。
ところが遠くに逃げ出した先は、やはり「ぼくの部屋」で、
どこにも逃げだせないことを知る。
今、ぼくは赤い鯨のなかにいて、旅立ちの準備をしている。
毎日、白衣を着た豚がやってきて、
ぼくのなかの海を吸い上げていく苦痛を耐えている。
ぼくは気付く。この海を新しい海に変えればいいのだと・・。

ギャグじみた寓意作品ながら、
単なる寓意以上の哲学的な人生を暗示させる暗喩的象徴の作風に魅かれた。
作者は詩人的資質の持ち主で、別の作品も読んでみたい誘惑にかられた。


・宮本誠一の評論「損壊と悲観ー両者の変域から考える」は力作。
主観的想像域と客観的仮定域の臨界点ともいううべき象徴的事象を、
作品を例証しながら解析する筆筋は緻密でユニーク。
あたかも、先に紹介した右田洋一郎の「ぎゃくてんの海へ」の寓意的作品の原点を
解説するが如き筆筋である。

・この宮本氏の評論は、たびたびこの欄でも取り上げている
<小説と評論「カプリチオ」46号>掲載のエッセイ菅野正義「阿夜珂志への招待」が
迷宮とは何か、として盟友・塚田義昭の小説世界を解説したのと同じように、
盟友の小説世界を解説、擁護しているがごときものに通じるものがあり、
うなずきながら共感して読んだ。
盟友の文学世界を援護する評論活動は重要である。

・詩作品も熟練者の作品が掲載され、伝統文芸誌にふさわしい。
機会を見て詩作品も紹介したい。

  ・文学の臨界点に挑戦する戦士ら象徴の海を彷徨ふ   石塚 邦男

  ・郵便ー862-0963 熊本市南区出仲間4-14-1 今村有成方

      電話-096-378-0137

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「札幌文学」87号(札幌市) リアルな自然描写は地主清「猟師」、此岸と彼岸の不思議を峰田王子「怪異」、老年の恋人の哀愁は海邦智子「めぐり逢い」、須崎隆志「平成otogi草紙」の新鮮な筆法

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2018年 2月 5日(月)23時05分42秒
返信・引用 編集済
  作品の評価基準を何処に置くか。これは文芸批評の重要な問題だ。
文芸作品の評価は、数学や物理学のように、答えは一つというものではないので、
人によって評価の強弱が出るのは当然だが、ひとつ言えることは、
最低、文章が新鮮で素材が新しいものでなくてはならないということである。
いくら巧みに仕組まれていても、
旧来の月並みな手法や文体、または平凡な素材を取り上げて
書かれた作品の価値は
低くなるのは当然のことである。

・地主清「猟師」は、羆狩りの話である。
猟師の日常と北海道の自然の様子を
純文学的繊細な筆法で、
リアルに描写しているところが持ち味。
細やかで重厚な自然描写は類型的でなく、独自の文体意識がありなかなかの書き手である。
問題は、ところどころ文法的な勘違いの描写や語法が目につくところと
時間的経緯や場所的転移の立体的な展開力に課題を残すところだろう。
この悪弊のままでは平面的な描写で終わる。
「文学界」の新人賞に挑戦して、いいところまで行ったこともある作家だけに、
テーマは良いにしても,もう一歩突き抜けた清澄の新鮮な文体の構築を望みたい。

・峰田王子「怪異」は、ある日、日傘をさした魅力的な女性に出合う。
気になっていたところ、下駄の鼻緒が切れて途方に暮れていたその女性に出会い、
鼻緒を挿げ替えてやった。それを機会に言葉を交わすようになる。
夏野菜がとれ始めたころ、道でにわか雨に遭い、
その女性の家に避難、濡れた着物を乾かすことになった。
その家で女性は母親の老婦人と二人暮らしをしていた。
母親が寝入ってから、その女性に床の中に誘われて
夢のような時間を過ごしその家を後にする。
その後、病を得て入院生活の後、あの女性のことが気になり訪ねていったが・・。
あの世とこの世の境目を行き来するがごとき不思議な事柄を書いているにしても
現代的な解釈の<怪異>でなくては新しい文学創出にはならず、もうひとひねりしなければ、
現代の怪異にはなりきらないだろう。
旧い手法と厳しい注文をされても仕方ないところはある。
厳しい注文も受け止めることのできる実力派であるから、
こんな注文もつけられるのである。

・海邦智子「めぐり逢い」は、
祖父が始めた映画館通りの喫茶店で月一度決まった日に席につく男女がいた。
そろいのペンダントとロケット。
歳を重ねて老年になった二人だが、
いつからかその席は予約席になっていた。
だが、やがて予約席が必要でなくなる日が来た。
それは・・喫茶店の娘の側から描いたロマン小説・・・。
だが、外国映画によくある旧い設定であるとのそしりはまぬがれないところはある。
ワンステージ高みをめざせる作家であるから、注文も厳しくなるのは当然である。
次作に注目したい。

・斎藤良子「骨董屋の扇風機」は、十年前アイヌの皿を手に入れた骨董屋を訪ねた孝子。
そこで、ある時期男と暮らした部屋にあった扇風機に似たのを見る。
そこから昔を回想する話は、さして珍しい話ではないが、
小説の導入部として気の利いた洒落た内容だが、
文体がいかにも旧いところが気になる。作者の年齢が透けて見えるようでは駄目だ。
新鮮な感性で作品を仕上げてほしい。

・和泉誠一「鼓動」は夢にうなされる男。その夢に出てくる女は、男の心に長くい座る女。
猛烈社員時代に酒場で知り合った女・・。
スナック、カラオケ大会・・。こんなところがやや俗っぽい。
平凡な話はもうひとひねりしたいところだ。

・山内香波「命のボーナス」は、古希を迎えた夫を亡くし、
姑も見送ったナミ子は七十をこえて病魔に襲われた。
そんなナミ子が詐欺まがいの被害にあいかける・・という話なのだが、
だからどうだというのだ、という厳しい読者の声もあろうが、話としてはできている。

・曽根すみれ「アンダードッグ」は、題名通りの噛ませ犬の厳しい現実は
人間社会を象徴するものとして二重写しに寓意的な作品に仕上げれば、
もっと説得力がでたろう。

・柴田耕平「巴里の幕臣たち」は、題名通りに幕末に
海外で活躍した日本人の話であるが、小説かドキュメントか
作者の方法意識が明確であれば、もっと作品として訴える力がでたろう。
登場人物を経過説明ではなく場面として捉えなくては小説にはなりきらない。

・須崎隆志「平成otogi草紙」は、
「ソドガラス妖精」、「河童橋の人さらい鬼」、「こすもすとおにやしき」の
三編の連作御伽草紙風の昔風の筆法の物語。
何か、新鮮で瑞々しい印象を受けるのも、構成力があるからだろう。
大人も子供も楽しめる新鮮な筆法の世界だ。

 ・それはさて映画のやうな小説と溜息が出る作品読みたし  石塚 邦男

 006-0034  札幌市手稲区稲穂四条四丁目4ー18

        田中和夫方 札幌文学会

           電話ー 011-681-5480

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・二週間ほど留守にします

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2018年 1月27日(土)03時50分5秒
返信・引用
  ・二週間ほど留守にします。

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言文一致の小説文体の誕生秘話・・二葉亭四迷と坪内逍遥の会話

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2018年 1月25日(木)04時25分55秒
返信・引用 編集済
  ・二葉亭四迷は、明治の時期、新しい時代の小説を
どのような文体で書いていったらよいか悩んだ末に、
坪内逍遥を訪ねて相談した。

・坪内逍遥は、「そうだな、一般の庶民が違和感ない文章というと、
落語の言葉だよ」と応えたという。
そして、「円朝の落語の速記本読んだかい?あの自然な文体を真似ると、日本の新しい小説の文章作りの参考になるよ」と
アドバイスをもらい、二葉亭四迷は、目からうろこが落ちた気がしたという。

・二葉亭四迷は「余が言文一致の由来」という文章を残しているが、それには次のようにある。

   何か一つ書いてみたいと思ったが、元来の文章下手で、皆目方角が分からぬ。
   そこで、坪内先生の許へいつて、何うしたらよかろうかとはなしてみると、
   君は円朝の落語を知つてゐよう。あの円朝落語の通りに書いてみたら何うか
   といふ。で、仰せの儘にやつてみた。先生のところへ持つて行くと、篤と目
   を通して居られたが、忽ちはたと膝を打つて、これでいい、このままでいい、
   生じつか直したりなんぞせぬ方がいい、とこう仰有る。


・しかも、二葉亭は、漢字の横にひらがなでふりがなを振つて
一般庶民でも読めるように工夫したのである。

・以上、簡略に明治の小説文体の誕生秘話を紹介したが、
このことは、同人雑誌では稀有の文芸評論家・草原克芳氏が「群系誌」38号に、
「開化日本、書生がゆく」で詳しく書いているので、参考にしていただきたい。

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そうですか・・敷香高子さんは苫小牧っ子でしたか・・どおりで・・

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2018年 1月23日(火)22時21分3秒
返信・引用 編集済
  ・敷香高子さんは、苫小牧育ちですか。
作品を読んで、なぜかそんな予感めいた気がしてましたが。
多分、私とさして年齢が離れていらっしゃらない方ではないかと思います。
六歳から高校卒業まで苫小牧にいらっしゃったといいますから。

・多分、街のどこかですれ違ったこともあることでしょう。
奇縁ですね。私は苫小牧の町っ子で、
昭和二十五年に苫小牧が人口三万人に乗せて、
町から市に昇格したとき、マチの産業も商業も
王子製紙に依存して大きくなって行った町発展の道程がありました。

・王子製紙苫小牧工場は、単独の製紙工場としては
今も世界一の工場であり、苫小牧っ子は皆それを誇りにしています。
樺太の敷香には、王子製紙の関連施設があった関係で、
王子製紙には敷香からの引き揚げ者が多かったのです。

・敷香高子さんの作品は、全財産を置いて樺太から引き揚げてきた
戦後の引き揚げ者家族の物語でもあり、
昭和二けたまでの日本人なら、<引き揚げ者文学>とも性格付けられる作品に
特別の思いがあるはずで、敷香さんのように、
忘れられぬ古郷の樺太にまつわる話を書きたくなるのも理解できます。
清岡卓行の「アカシアの大連」の作品も、
満州の大連を故郷にしていた清岡の故郷を恋う気持ちが結実したものであったでしょう。

・敷香高子さんのペンネームには、故郷への限りない郷愁の気持ちが凝縮しています。
樺太からの引き揚げ者は、未だ故郷の夢を見るそうです。




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敷香高子から根保さんへ御礼(小川原記述)

 投稿者:小川原健太  投稿日:2018年 1月23日(火)16時35分12秒
返信・引用
  根保孝栄・石塚邦男様

「凍土の紅い実」をお読み下さいましてありがとうございました。その上、嬉しい感想までいただき、光栄です。
 私は六歳から高校卒業まで苫小牧におりました。父は王子製紙の社員でした。目に見えないご縁を感じております。ありがとうございました。ご自愛ください。

(小川原補足)根保さんの評文を敷香さんが見ているか確認の電話をいれたところ、パソコンが故障して電気屋に修理に出している。直って戻ったら早速見たいという。数日前、私あての手紙で、パソコンは工場まで行ったらしく、いつになるのかわからないので、評文のコピーを送って欲しいという。コピーを送る。その返事に、パソコンは工場でも、もっと調べてみると、いつになるか分からないので、この掲示板で根保さんあてに、上記文を書いて欲しいとのこと(パソコンが戻らないなら、私が仲介の労をとるからと敷香さんに言っておいた)。そういう経緯で、少し時間がかかりました。
 

日本最後の思想家・・・西部邁さんが亡くなりました・・哀悼

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2018年 1月22日(月)11時02分17秒
返信・引用 編集済
  ・北海道出身の思想家・西部邁さんが亡くなりました。
彼の雑誌、十年くらい読んでましたか・・。

・数年前、奥さんが亡くなられてからお元気がなくなり、
「老いさらばえて他人に迷惑をかけて死ぬようなことはしたくない」と
常日頃言ってましたね。思い定めた末の自死だったと思いますね。

・「歳には勝てない」のですが、彼はボケるのを怖れてましたね。
「ボケる前に自分で自分を始末しますよ」と、冗談交じりに言ってましたが、
彼は本当のこと言うときは、冗談交じりですからね。
私と同じ歳だけに、感慨深いものがあります。

・「文学なんてつまらないことせず、天下国家を考えないと・・」
これが西部邁の口癖でしたね。

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雪深い旭川へ行って来ました・・・

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2018年 1月22日(月)10時44分42秒
返信・引用 編集済
  ・雪深い旭川へ先の週末行ってきました。
「ときわ短歌」という短歌会の新年会と新春の歌会でした。

・友みなは酒を愛して早く逝きわれのみ残り雪野に佇てり  石塚 邦男

私の出詠歌でした。酒飲みの友人たちは、ほとんど70歳前に他界してしまいました。
正月早々このような歌は、恐縮なのですが、事実ですから溜息ですね。

・歌会が終わり、新年会では沢山のおいしい料理もはかがいかなくなって、
歳をとると仕方ないものです。

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レンタル掲示板
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