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日の高いうちからお酒を飲むと、ふんわりとした霞の掛かった、どこか桃源郷にいるようで、気持ちがよかった。
町中を歩いていても自分だけガラス玉の中にいるようで、不思議だった。
だからこそ、昼間っからお酒を飲むのは、何かいけない事のような気がして、ずっと、日が落ちる迄はお酒を飲んではならないと自分の中で決めていたのである。
でも、いつの間にか昼間から飲んでいましたが、、、
若い頃、暫くの間松江に住んでいた。
間借りしていた近くに「李白酒造」という造り酒屋があり、休みの日や半ドン(当時は半ドンがまだあった)はいつも二級酒(今は無いが、こちらの方が特級より美味かった)「李白」の一升瓶を裸のまま下げて、お昼過ぎから先輩の所に歩いていった。
市街地のはずれ、田や畑もちらほら、奥まった小高いところに茶室(松江藩は不昧流の茶道の盛んなところ)などがあって静かなところに先輩のアパートはあった。
先輩は「うわばみ」とか「ざる」とか言われる大酒飲みで、仕事以外で近寄る者はなかったが、私だけが一升瓶を下げて遊びにいった。何故か馬が合った。
いつも先輩からワインやウヰスキーをご馳走になるので、一升瓶はお土産のつもりだったが、、、予定どおり空になる。「今度こそお土産に持って来ます。」と言いながら、いつもの事だった。
天気がよいと、アパート裏の公園に出て外で飲むのが好きで、ギターを弾き大声で歌った。
公園で遊ぶ子供をからかったり、芝の上でゴロゴロしながら飲むのは最高の気分だった。
ボーッとした意識でガラス玉の中から見上げる太陽の光が眩しかった。
書いた事は事実で、こんな風に書くと、懐かしんでいるようにも思えるでしょうが、、、よく読めば分かる通り、私の行動はおかしいわけです。
二十代からアル中になる素質が十分にあったわけです。
私見ですが、日が暮れてより明るいうちの飲酒の方が、意識に与える悪い影響が大きいような気がします。
上の先輩は数年後、泥酔状態で川を泳いで渡ろうとして、ついに渡りきる事ができませんでした。溺死でした。
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