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映画の盛衰

 投稿者:片山正昭  投稿日:2018年 4月18日(水)06時00分12秒 softbank219183134106.bbtec.net
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   今から五十年余り前のことだが、映画の全盛時代があった。日本映画も素晴らしかったが、米国をはじめ、フランス、イタリヤの映画もよかった。当時は、日本も外国も映画俳優は有名人だった。単に名が知られているのではなく、その芸の水準が高かった。また映画製作技術の進歩も著しく、見る度にその企画の斬新さを味わえることが出来た。映画が大画面化したのもこの頃だ。

 私は、当時は大学生だったから、いつも映画の封切りを楽しみにしていた。貧乏学生だから、その経費の捻出には苦労した。それでも週に一回は映画館に足を運んだ。映画の公開は、一度目と二度目があり、映画館によって、その役割があり、二度目を扱う映画館は、二本立てで安く観ることが出来た。人気がある映画は、満杯になり、立って観ることもしばしばだった。気に入った映画は、二度三度と観にゆく人もいた。テレビの普及し始めた頃だから、テレビ映画はまだ無かった時代だ。

 映画製作費用が膨大となり、長時間映画の負担が重くなった頃から、映画事業の衰退が始まった。映画もテレビに映し出されるようになり、客足は映画館より遠ざかり、映画俳優も育たなくなった。当時の映画には、大がかりな「クレオパトラ」が製作され、客を惹き付けたが、大がかりではなく「鉄道員」のような芸術価値の高いものもあった。しかし、これも最後となる時代となった。

 このような時代背景を思うに、今はアニメを中心にした画像が主流となっているが、人が演じる芸術性が育たなくなってしまった現実を大変残念に思う。今でも、時には映画館へ行くことはあるが、大作として期待しても、殆ど二時間程度に圧縮するドラマだから、筋書きの丁重なところもなく、何か拍子抜けのような、不可解さが残る。テレビの長時間番組のようには出来ないことも分かるが、基本的には映画製作理念の問題や、俳優自身の芸術性の鍛錬度が問題のように思う。要は採算がとれないのだ。

 最近は、テレビの画像が映画の代わりになる。映画の芸術的側面はもう殆ど消滅し、ドラマの筋書き中心の画像になる。従って、役者の演技の優劣より、人気が支配的で、映像のリアリティは無くなる。ドラマ制作のコストを切り下げ、番組を埋める企画で水準の低下が起こっている。特に、韓国ドラマは酷いもので、制作も古いもののせいか、撮影技術がお粗末であり、近景ばかりの人の接写で、メイク顔の大写しばかりだ。また色彩の美しいものへの偏執を感じる。そのような状況だから、最近はもう殆ど見なくなってしまった。

 映画という文化は、もう過去のものなのだろうか。映画館は今でも存在するが、ここに上映されるものは、アニメやSF映画だ。子供の娯楽中心になっている。それでも、東京には傑作映画を選別して上映する営業をしているところがあるとは聞いている。商売になるかどうかは別にして、映画製作によるドラマの完結は、四時間物にしなければ、その真髄を発揮出来ないのではないかと思っている。
 

国会議員のコスト

 投稿者:片山正昭  投稿日:2018年 4月14日(土)16時13分55秒 softbank219183134106.bbtec.net
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   国会議員の活動を、コストパーフォーマンスの見方で評価したら、その人の価値が分かる。企業では、そこに所属し、そこで活動する人々をしっかり評価する。それが出来ない企業、その考え方が理解されていない企業は発展しない。この理念は、昭和三十年代に発達し、企業の常識の一部の様に、人や物の価値のエンジニアリングが行われている。日本の企業は、そのようにして世界でも有能な企業になった。

 競争の土俵のない職務、特に公官庁では、恐らくこのような発想はないだろう。その結果、仕事の斬新さや合理性が追求されないから、無駄が多く改善も少ない。特に、機会損失を含む大局観は育たない。目に見えない損失に気付かないのである。

 国会議員は国民より選ばれる。雇い主は国民だから、ダメな人は選ばれない筈だと思う。だが、実際は、選ばれた議員が、国家から給料をもらい、どれ程有効な仕事をしているか、どれ程大事な仕事を優先して価値ある仕事をしているか、本人のみならず雇い主にも分かっていない。特に議員は、プライオリティの発想に乏しい。

 日本国家という企業が、一人前になれないのは、その企業を動かす議員達がよくないからだ。今の議員達は、刺激の無い仕事の中に埋もれ、進歩が遅い。日本国家にとって重大な施策より、別次元の個々の保身が、行動の本音として見え隠れしているようだ。それは、公的企業の行動パターンに似たところがある。

 個々の議員が、今、国に必要な施策の優先性をわきまえているかを見るだけでも分かるではないか。過去十年の足跡をみても分かる。国家の時間が止まってしまったような失望感があったではないか。まさにその類のことが今でも行われている。今、こんなことを議論している場合じゃないだろうとか、この場で議論すべきことか、などと言う声が出ないのか。

 個々の議員は、自分は給料分の仕事をしていると思っているかも知れないが、それより国家にとって大事なものは何かが認識されず、機会損失を起こし、大勢の人のコストや時間をロスしてしまう。そして日本の発展を阻害する。政治は、本来、通常の改善の問題より、問題自体が、遥かに高価な機会や時間に左右される。その違いの認識がなければならない。世界の趨勢は傾き始め、そのスピードは速い。

 時代は進歩して、今では全ての事が数値化することも出来るようになった。主観的なものと言って、その価値の判断を曖昧にするのは、今や古い思考になっている。勤務評定のAIによる評価があれば、国民も自分が選んだ人物の適不適が検証出来る。そうなれば国会議員は質実共に優れた政治家になるのではないか。そんなことを考えてみた。
 

古銭は死財

 投稿者:片山正昭  投稿日:2018年 4月10日(火)05時50分7秒 softbank219183134106.bbtec.net
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   私が住む近隣の都市、埼玉県蓮田市新井堀で、大量の古銭が発掘された。1500年室町戦国時代のものだろうと推定されている。江戸城を建造した太田道灌の家来の住居跡と言われている。発掘埋蔵金としては、日本最大のレベルの量だそうだ。当時の価値では数千万円規模だが、現在価値では、見方にもよるが幾らにもならないのではないか。戦乱の時代だから、財を埋める蓄財のやり方が普遍的だったようだ。

 現在の日本は、世界でも裕福な国家である。個人の蓄財も多いし、特に老齢者に裕福な人が多いと言われている。これらの老齢者は、戦後に困窮した時代を経験し、貯蓄性向が強い。死ぬまで頼りになるものを財と思うが故に、死後の財の行方には功罪もある。現代は預金というシステムが機能しているが、それも日本国経済が活性化していてこその話である。現状は、貨幣の活用も出来ず、金余りでは預金も迷惑なシステムとなっている。預金者を出来るだけ排除すべく、金利はほぼゼロになり、むしろ預金料をとられる。預金を活用出来ないのだから、預金者に別件で投資を薦めることも行われる。財の活用能力がなければ、財は目減りする埋蔵金となる。税問題がからめば、物理的な埋蔵金は益々増える。これをタンス預金と言い、これを狙う詐欺職が横行する。

 経済活性化の面から見れば、詐欺によりまき上げられた財は流動化するが、詐欺を回避すれば死財化するだけという皮肉なことになる。死財化した埋蔵金は、ただの地金と同じで、経済の規模を縮小するから、貨幣は流動化を増やすために新たに発行され、埋蔵金の価値はインフレで益々下がる。個人の財は、どうすれば経済の循環に役立てられるのかが問題なのだ。

 昔の話に戻るが、江戸時代には、商売人が大量に蓄財した。政府はこの金蔵の価値を落すために、徳政令を出し借金を棒引きにした。また貨幣を新たに増産した。流動化しなくなる貨幣価値の上昇を防ぐ問題は、日本の歴史には深く関わっている。ただ、当時の日本には、海外の技術の進歩を受け入れるために、多くの財を用いなければならないと言う、経済活性化の有効な手段があった。

 今の日本はどうだろう。古い戦国時代のように財の行き場がない。個々に所有された資金は、活用の術はなく、その価値は低下してゆく。早く日の目が見える資金であればともかく、そうでないものは埋蔵された小判と同じになる。だから、金塊を望む人もあるとかの話題が出る。だが本来、通貨は相対的なものだから、人はその通貨を有効に使うことが見えてなければ、ただの紙切れや金属塊に終わる。
 

貧しい暮らしの価値

 投稿者:片山正昭  投稿日:2018年 4月 6日(金)06時44分4秒 softbank219183134106.bbtec.net
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   戦後七十年を経ると、日本には極貧の時代を過ごした世代は、殆どいなくなる。幸せならばそれでいいじゃないかと、周りの人に言われる。だが、どこかで本当にそれでよいのかという気もする。

 世界には、極貧の民族や国家が、まだ沢山存在する。国家間の干渉が多くなった現代では、その極貧に絶えて成長する環境は無くなり、裕福な大国に依存し、支配され、やがて造反する社会不安が訪れる。民族意識も強くなり、人種的抹殺行為も収まらない。

 日本の場合は、比較的恵まれていた。それは戦後数年、自由民主主義国家の米国の配下にあり、問題がない訳ではないが、徐々に民主化へ向いていた。従って、日本の再起は、米国の民主主義と言ってよい。今八十歳を超える人々は、戦時の経験者だから、敗戦国家の貧困については、実際に経験した最後の世代だ。

 今では笑い話にもならないかも知れないが、当時は、明日の食い物があるのか無いのか分からない家族が多かった。特別に裕福な所帯は殆どなく、しかも働き盛りの成年は少なかった。戦後数年経った時期は、私は中学生だった。社会科担当の中学教師の講義の笑い話を思い出す。「小さな村の夜明けは、先ず鍛冶屋が早起き槌を振る。その響きは、トッテンタラン・トッテンタランと鳴る。やがて、農家の親父が起き出し、シャクセン・シャクセンとくしゃみをする。すると、早々と勤めに出かける若者の靴音が、クウズクワズ・クウズクワズと響く。」極貧の実感は、滅多に経験出来るものではない。

 ある日突然に起こった極貧への転落は、本当にあったのだ。それは平和が無くなった時に起る。若干私の七十数年前のことを述べれば、その頃、父親は健在で都会の子だった。昔のことだから、今の財の質とは違うが、当時では贅沢の部類になるようなものが、我が家には沢山あった。例えば、応接セット、絨毯、四季の掛け軸、花卉水盤、ミシン、書斎机、大型本棚、大日本百科事典、近世日本国民史50巻、娯楽では蓄音機、レコード、映写機、写真機、八段飾り雛人形、鎧甲、碁盤セット、将棋盤セット、その他容器類などが数え切れぬ程あった。父親の戦死により、戦後数年、戦災をかろうじて免れたこれらの財は食料に変わり無くなってしまった。

 結果として、我々の世代は自力によりゼロからのスタートとなった。失うものは多かったが、我々が生きてゆく上に、本当に必要なものは何かという体験をせざるを得なかったのである。人生には、本当に必要なものとそうでない物の区別は、意外にも知られていない。他人が所有していれば、己も所有しなければ不幸に思う。その僅かな価値観の違いが、人生には如何に大きい影響を及ぼすかが分かるだろうか。
 

独裁体制の拡大

 投稿者:片山正昭  投稿日:2018年 4月 3日(火)06時26分53秒 softbank219183134106.bbtec.net
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   世界の国家の独裁体制が拡大してきた。先進国の自由民主主義が発展指導した時代は終わった。ソ連が崩壊した時点を境にして冷戦構造が崩壊した時は、皆が本当の平和がやってきたと思った。しかし、それも長くは続かなかった。テロ国家の台頭や崩壊を経て、今はロシアの独裁制への深化と、北朝鮮の独裁に加えて、更に強大な中国の専制政治と軍国化拡大が進行し、世界は緊張が高まってゆく。

 独裁政治の大きな特徴は、例外なく軍事力を拡大強化し、領土拡張を際限なく行う。かつて先進国が行った植民地支配の政策と同じ行為を、今また再び後進国が行う構図となっている。そして独裁政権は長期化するので、政権の崩壊は、殆ど独裁者の粛清以外にはない歴史だ。

 大統領制は民主的のように見えても、社会の民族性のモラルを残したまま、強大な権限を支配者に付与する構造は、独裁政治とは紙一重であり、機能的には民主主義を失う。ロシアが典型的例だが、中国も殆どこの方向へゆく。韓国もその傾向がある。韓国は歴代大統領の実績をみれば分るが、為政者の末路は国家への貢献を称えられるどころか、人格が犯罪などで卑下され、殆どがまともではない。独裁政治スタイルだ。

 民主主義国家の弱点は、政権の寿命が短いことだ。どんなに理想的な改革でも、国家としての長期構想としての計画や改革は遅々として進まない。他方、独裁国家は、極めて危険ではあるが、国家の変革が早い。自由民主主義国家が、長い年月をかけて維持してきた国際的秩序は、この数年の間に壊されてゆく。勿論、先進国は秩序を維持するあらゆる努力はするだろうが、物事は造り上げるより壊す方が明らかに早い。国際的合意と思われた国境や運用規定なども、殆ど反故に等しい。民族間の融和の理念なども軽視される。

 日本は、先進国として力量のある国家だ。だが、軍事力を備えた普通の国家ではない。憲法の規定があるから、未だに米国の属国のままだ。これでは、世界の自由民主主義を維持推進してはゆけない。世界の専制主義を抑え、民族の融和を推進するための力量を、名実ともに備える必要がある。それが、日本の次世代が生きて行ける最良の道であり義務である。それにもかかわらず、今の政治家の大半は、戦争の実態を知らず、自由民主主義ボケのまま、その現実の急変を感じず、呑気に身辺事の議論ばかりに熱中している。
 

趣味に生きる

 投稿者:片山正昭  投稿日:2018年 3月31日(土)07時27分15秒 softbank219183134106.bbtec.net
返信・引用 編集済
   一般的に、人には、これが趣味だと言えるものがあるかと言えば、それ程はっきりしたものはないのが普通だ。だが、一度はやってみてみたいという漠然とした思いはある。趣味は年齢に極めて密接な関係があるから、暇になったから始めるというものは限られてくる。だから、仕事から解放されたからといって楽しむ趣味は少ない。本当の趣味は、どんなに忙しくても、若い年齢から心がけたものになる。八十歳にもなれば、殆ど一生の終わりだから、少なくとも興味と思えるものは全てやってきたとは思う。その意味で振り返ってみる。

 現役時代の終わり頃になると、やってみたいことが積り積もったように思え、あらゆる趣味が頭に浮かぶ。その最大のものは、自然との触れ合いだ。戦後の貧しい暮らしは、小学校1年生からはじまった。自然との戦いで食料確保が日課だった。その経験から、60歳で自由時間が増えると、土地を借り畑仕事を始めた。今年で二十年になる。季節に応じ、自作の旬の物を食べる気分は捨て難い。

 子供の頃は、父親が遺した蓄音機とレコードで昭和の始めの歌謡曲を聴いていた。これはその後、時代の流れに沿って新曲を覚え、現在でもカラオケクラブで唄う。数百曲を唄うが、これが己の人生の出来事の見出しのように時代背景になる。地域との親睦もこれを通じて維持出来る。

 幼稚園児の頃は戦中だったが、一時伯父と同居したことがある。伯父は、船舶の模型を精巧に造っていた。その憧れがあったのか、三十歳以降、暇をみては戦艦の細工物をやった。六十歳以降は、仕事から解放されたことで、一挙に数点の細工を手掛けた。図面から仕上げるので、一年に一作だ。要望に応じて、他人に進呈したものもある。

 父や母が囲碁、将棋をやることは聞いていた。碁盤や将棋盤はそれぞれ三種類ほどあったから、子供の頃から遊んでいた。企業内の囲碁大会では、三級程度の実力で仕方なく出場していたが、これも少し勉強し直しをしなければとは思っていた。六十歳以降、東京などの会に出て、四段の免状を戴いた。もともと熱中する程でもないので、これに費やす時間やストレスが重荷で、それ以降は徐々に止めてしまった。

 読書は今でも空き時間の主要な部分だ。古くから岩波文庫本が沢山あり、万葉集、徒然草をはじめ江戸時代の大塩平八郎の乱などを読んだ。当時の文庫本は、シミにやられる材質だから、本の四隅からボロボロと崩れるようにやられ、今は残っていない。

 三十歳台からテニスに夢中になり、体力が衰える五十五歳まで続けた。その為、ゴルフがまともにやれず、年間三十回のラウンドが出来たのは六十歳台で、コースは二百程、多種多様なコースを試して廻った。回数は減ったが、今でもゴルフだけは出来る。

 趣味を楽しめるのは、時間と気力がなければ出来ない。勿論、動き回る体力も必要だ。経験からみれば、六十歳台が最適だった。私より前の世代の定年は五十五歳だが、私達の時代では六十歳になった。老年の体力寿命が延びたとは言え、趣味を思い切り享受出来る年齢を七十歳までとすれば、その分短くなった。今後は定年が七十歳まで延びるという話がある。日本国の経済の事情だろうが、人間として生きてきた価値観からみて、本当にそれでよいのかと思う。七十歳台は、急激に老化現象が著しくなる十年間だ。やりたいことが、思うように出来る年齢ではない。体との戦いになる。

 山歩き、海の泳ぎや釣りなどの道具は、六十歳台の終わりに殆ど処分した。屋内で出来る趣味中心へとシフトせざるを得ない。七十歳台では、孫も成長し老人相手もしなくなる。幸いにして、私は二十数年程前、今のインターネットがない時分から、ソフトサイエンスには興味があり、機械用言語も勉強していた。ネットが普及する始めからパソコンを使い、機械の改造なども手製でやっていたから、ソフトが急激に発展しても違和感なく活用出来ている。自分のホームページも、ネットの起こり始めから持っている。内容更新の頻度は多く、今では日課になる。

 若い頃から、詩を読むのが好きで、自分でも独身時代から書いていた。大半は紛失したが、幾つかは残っていた。詩と歴史探訪は切り離せないものがあり、全国の史跡を訪ねる旅行は欠かせない。これは、現在でも精力的に歩き、同窓の仲間と毎年の旅行もありそれを楽しむ。多少の情緒で詩を書くことは出来るが、本当に詩を作る動機は、人の心の激しい動きがなくては出来ない。どうしても、過去の人生の中の回想になってしまう。中国の故事にあるように、八十歳台の人生は、三友、即ち酒と詩とギターのような音楽になるのだろうか。
 

マナーの違い 

 投稿者:片山正昭  投稿日:2018年 3月28日(水)10時37分4秒 softbank219183134106.bbtec.net
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   外国の人々と接触していると、それぞれマナーが違うことは分かる。日本人同士では、日常の人と人との出来事では、よく気を付けないと分りにくい場合が多い。よく見れば、人生観ともいえるマナーの違いがある。違いを誤解すると、人格を見誤ることにもなる。

 ビジネスの社会にいれば、私企業と官業に関わる企業の従業員の行動には、基本的に違いがあるのを感じる。公務に携わる人々はもっと違いがある。尤も私は公務に関わったことが少ないから、ただの感覚だけで確かかどうかは分からない。

 例えば、民間では、ビジネスは己の持ち場だけではなく、その二倍も三倍も他の分野に関わる仕事に積極的に出ることを徹底的に教育する。仕事は見出すもので、与えられるものではないという感覚だ。ところが、官庁では、他部署に問題があっても口出しはしない。境界を侵すと迷惑がかかるからだろう。そのような雰囲気に長く居ると日常事の常識も変わってくる。

 敷地や畑の草取りの例で言えば、区切りとその責任が厳格なのは官業出身者だ。民間出身者であれば、草取りはきれいにしたいという心の問題と作業の合理性だから、境界の価値観は低く、迷惑と思わず広範囲に一挙に作業する。ここにマナーの違いが発生する。

 ある人から丹精込めて作った菓子を戴く。その人の心を戴くのだから、裾分けしてもその人の心を伝える。ところが他方では、戴くということは、明確に戴いた物の権利は自分に移行するのだから、それを裾分けするのには分け与える側の物として行う。それを戴く方の心は、両者では明らかに異なる。戴く方は、頂き物に関わる人々それぞれの心を戴くから、それに関わる人間関係の広さや深さも違う。これがまたマナーの違いとなる。

 このマナーの違いを誤解すると、人格の問題を見誤るだけではなく、付き合いさえも出来なくなる。仕事ではなく日常事であれば、人生の損失は大きくなる。人間関係は難しい。
 

人の生体としての疑問

 投稿者:片山正昭  投稿日:2018年 3月25日(日)06時54分1秒 softbank219183134106.bbtec.net
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   先ず、男性はどうして女性より寿命が短いのだろう。自分が若い頃は、男性の平均寿命が短いのは、自然の結果ではなく、戦争があったせいだということで納得していた。ところが、今、七十代を過ごしてみると、周りを見ても、男性の方が早世だ。この世代は、社会に出て働いたのは主に男性だから、その負荷のせいなのだろうか。いや、男性の方が不節制だからなのだろうか。

 基本的に、生物学的にみれば、女性は子供を産むから、強靭に出来ているのだろう。生物の一般的な見方では、確かに雄は早く死ぬ傾向がある。だが、人間となれば、科学技術が進歩したから、あらゆる原理に対応する手段を持っている。だから、限りなく寿命は同じになるのではないか。

 このような考えとは別に、若い三十代頃の世代をみると、これは感覚的なものだが、我々当時の世代より、老化現象が多いように思わないか。白髪や禿が増えたように見え、体型も太った老人型に見える。幼児の頃より肥満型が多いせいか、歳を重ねるにつれ皺も多くなるのではないか。この世代の平均寿命はどうなるかは分からないが、その頃はまた新たな処方が開発されるのかも知れない。ただ若い頃からの鍛錬になるが、精神のストレスに対する抵抗力は、簡単には身に着かないから修正が困難ではないか。

 人の健康体に関する素人考えかも知れないが、子供の肥満体と水筒を持つ習慣は本当にそれでよいのか。テレビに医者が登場して、尤もらしく説明し奨励するから、視聴者は皆が信じている。一般的な事だが、子供の頃から、身体的に厳しい環境は、体を鍛えることにはならないのか。空腹を感じ、渇きを覚えることが今はないようだ。ストレスについても、困難に遭遇し、独力でそれを克服することを支える社会はなくなった。出来るだけ他人に関わらないことを常識とし、子供を社会から切り離す。そして、子供は危なげなく成長するように見える。ところがこの影響は、成長した後に重くなる。

 先の男性と女性の寿命差になるが、女性はホルモンの関係か、肉体的、精神的な障害の大きさは、成長と共に影響を受ける度合いが少ないのだろう。これは、近年、男女共に働く社会になっても、女性本人や、また周りも厳しいようには思えない。ということは、後の世代になっても、早世はやはり男性の方か。
 

同窓の付き合い 

 投稿者:片山正昭  投稿日:2018年 3月23日(金)07時19分4秒 softbank219183134106.bbtec.net
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   六十歳を過ぎれば、ビジネス社会での活動も終わるので、己の人生で一度はやってみたいという挑戦が、あれやこれやと頭に浮かぶ。だが明らかに体力や気力は若年の時のようにはゆかない。特に体力を基本にする運動は無理だ。それでも、個人としては十年間ではやり切れない程のものがある。それとは別に、ビジネスにはなかった人と人との関係を大事にすることも欠かせない。同窓会なども増えてくる。

 誰にも学生時代や会社同僚との同窓会はあると思う。私の場合は、少し普通の同窓会とは異なるが、小中学校の9年間を共に過ごした同窓と、毎年一泊のバス旅行をやってきた。還暦から今年で二十年になる。毎年二三十名の集りだ。当時の同窓生は120名ほどだったから、参加は皆さん積極的な方だ。

 私は、戦時中は福岡市に居たが、国民学校1年生の時、空襲を受け、市内は焼け野原になった。食べるために母の田舎の方に租界したのが始まりで、田園風景の中の友人達と9年も過ごすことになったのだ。物のない素朴な生活だったせいか、人々の繋がりは強かった。農家が多かったので、今でも主要な数名の方が中心となって、毎年の親睦行事を取り仕切ってくれる。人生の最後を童心に帰って共に過ごせるのは大変有難い。

 大学などの高学年の同窓になれば、それぞれの人生談も似通ったものになり、付き合い方の違いは少ない。しかし、小学校同窓ともなれば、その友人達の人生は多種多様、波乱万丈である。逢えば方言まる出しが復活し、遠慮、体裁は勿論なくなる。こんな付き合いは、ビジネス社会の同僚とは出来ない貴重なものだ。

 宴会では、はめを外して唄いまくる。若い頃の歌謡曲で、当時好きだった歌詞がある。機会ある毎に唄っている。

 覚えているかい 子供の頃に
 二人で遊んだ あの山 小川
 昔とちっとも 変わっちゃいない
 帰っておくれよ
 俺らのナ 俺らの胸に

三橋美智也が歌った「りんご村から」の第三節だ。「哀愁列車」の第三節にも良い詞がある。

 泣いて 泣いて
 泣いているのを 知らぬげに
 窓は二人を 遠くする
 こらえきれずに 見返れば
 すがるせつない 瞳(め)のような
 星が飛ぶ飛ぶ 哀愁列車

 鹿児島、宮崎、天草、大分、山口など、九州の周辺を回り尽した。近年は皆さんも、さすがに歳のせいで遠出が無理になってきた。元気にしていた初めの頃のメンバーも、数名の方が彼岸だ。旅行の度ごとに、当時の思い出を記憶するために、その都度の写真集に詩詞を記し小冊子にした。それぞれの方々の人生に、少しでも花を添えることが出来ればという、私のささやかな願いだ。

 八十歳代になれば、恐らく同窓会はなくなる。老人の醜態を見せたくないこともある。何とか動ける者達の小集団活動の新たなる展開があればよいと思う。親達の高齢過程を見てきたが、最後は孤独がやってくる。そして最後は限られた身内だけになる。それが、人として自然であり、大切にすべき倫理ともいうべきものなのだ。
 

賃上げの良し悪し

 投稿者:片山正昭  投稿日:2018年 3月20日(火)07時20分45秒 softbank219183134106.bbtec.net
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   日本国内で働く人の賃金が、先進国では低い方だという報道がある。また、経済を活性化するために、賃上げを行い、デフレ脱却を図るべきだという政府コメントもある。それは消費増を喚起して、経済の循環を活性化し、経済成長をうながすことを目論む。日本の高度経済成長は、このような状況だったから、間違ってはいない。

 日本社会の経済構造を是認して、一時的不況を好転させる政策としては誤りではない。だが、国家の経済の強靭さを目指すなら、基本的に改革しなければならないことがある筈で、それを改善しなければ、すぐまた逆戻りの心配をしなければならなくなるのではないだろうか。

 他国との賃金レベルの比較は単純ではない。比較そのものの意味が複雑だ。早い話が、高い方がよいのか、低い方がよいのかという議論にもなる。データそのものの中味にも、それぞれの国情がある。日本の場合は、賃金の絶対額より、むしろその賃金で他国よりもっと充実出来ることが必要ではないかと思う。賃金の相対的価値は、当然のことながら円レートにもよる。円が高くなれば、国民の購買力は増す。

 バブル経済では、賃金の上昇により需要が増大した。だがその需要を追いかけ、生産を増強したが、需要自体の質が高コストになり、いわゆるそのバブルがはじけた。経済構造の虚偽が修正期に入ったのだ。当然のことながら、その後はデフレによる調整が延々と続くのである。

 日本経済が世界に比し強靭であるためには、国民の消費の質がよいものでなければならない。言い変えれば、世界で最も良質なもので、コストの安いものでなければならない。残念ながら日本の高コスト構造は、農業製品をはじめ多くの商品が世界に劣るから輸入せざるを得ない。自分で生産出来ない。即ち、世界に頼る経済となり、世界の経済の動向に左右されるという経済の脆弱性の本質があるのだ。

 急がば回れというが、消費者の需要が良質になる施策を行えば経済は強靭になる。短期間では出来ない。一見デフレのように見えるが、日本の生産構造を変革し、国民の商品をみる価値観を変えることだ。バブル経済の処方は、表面的には活性化するが、経済体質は構造改革とは全く逆の方向へ進み、再びバブル崩壊が起こる。前回の繰り返しだ。特に、中国経済のバブルは周辺国を直撃し、日本にも影響する。中国との取引は要注意だ。今は少なくとも、多少は前回のバブル時より、消費内容は充実しているから、これを悪化させないようにして欲しい。そうすれば、真に円の価値も高くなるのだ。消費税の値上げも、本来は生産性向上により吸収する構造改革になれば最高である。そのためには、どんな産業にも自由な競争を与え生産活動を刺激することだ。
 

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