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ご丁寧な返信ありがとうございます。
民主主義のあり方に疑義という貴兄の主張はよくわかりました。
しかし、では、民主主義をどう乗り越えるか。乗り越えた後の体制とは何かが
提示されていません。
つまり、民主主義(現在)のあり方は本来の民主主義のあり方ではないという
主張と変わらないのではないですか?
民主主義の前提として自由権(基本的人権)の尊重があります。民主主義でなければ
反民主主義もできないという矛盾がそこにはあります。多数決が有効なのはこの自由権
が尊重され各々が各々の立場で最大幸福を追求する態度が確保されているという前提が
あるときだけです。
その担保が難しいからこそ「議会制」で各々の立場を言論で保存するという仕組みを
とるのがほとんどです。国会のみならず各委員会における発言がネットで簡単に読める
のは日本が民主国家だからです。
メディア批判はその通りだと思います。が、その善良な大衆にはそれが最大幸福に思える
のですから、まったく問題はありませんね。隠された真実による判断が幸福をもたらすも
のだという保障は何もありません。(参照、岸辺のアルバム)
SHOさんは民主主義という体制と資本主義という構造をごっちゃにしてらっしゃる。
資本主義という構造の上に民主主義という体制がのっかっていることに矛盾があるのでは
ないかというならその通りかもしれません。じゃあ、どうします?共産主義という構造の
上に民主主義という体制を乗せますか?
選ばれた者による独裁性あるいは巨頭体制みたいなものを考えているなら、それこそ
最大多数の最大幸福が実現されることはありません。まったくの無意味です。
よい王様が納めればよい国になるのだ。という考えは、王様という存在がそもそも悪を含むのだ
という観点を隠蔽しています。
その主張がいきつくところは、ひとりひとりにICタグをつけスーパーコンピューターで行動
や幸福度を関連づけてデーターベース化しそのコンピューターがシミュンレーションし最善の
政策を実行するという<人間を排除した政治システム>の構築でしかありません。
完全な万能人がいないという現実の中で最善の選良を作り出すとすればそうなるのです。
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