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ですよ。
もし本当に正解を多数決で決める先生だとしたら、、、大問題です。
というか、そのようにSHOさんがその授業を解釈したにすぎません。
先生はそんなこと意図してませんよ。
本当ならどうして、これにしたの?と理由を問い。その理由を聞いて立場変更を求めるのが
民主主義の議論じゃないでしょうか?まさか多数決だけが民主主義のシステムだとSHOさんは
お考えなのですか?
そこまで子どもに考えさせれば、先生の問い方(そもそも、どれが箱になるかという問いが
ひっかけです。どれが…という疑問詞には、限られた数のというニュアンスで子どもには
共有されていて、選択せよという意味にとらえる子はいないですから。)のおかしさに気づき
どれもなるという意見(意見です。)が発生したかもしれません。
つまり、先生が意見を開陳するのではなく、児童が意見を述べ合う授業こそが本当ではない
でしょうか?
(つまり、この時点でその先生が算数科そのものに対する理解が本当に基準に達しているか
という問題。授業とは何かということにどう答えるのかという問題を孕んでいます。巨頭体制
や独裁体制、エリート主義についてまわるこのような疑義はユーザによる監視ということによ
ってしかその逸脱を防げません。しかし、監視を強化すると、おざなりに逃げる。それこそ、
どの教室へいっても一字一句が同じことしか言われない。という事態に陥るかもしれません。
ことほど現実は複雑です。)
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