|
|
くまげん様
お返事ありがとうございます。
>民主主義をどう乗り越えるか。乗り越えた後の体制とは何かが提示されていません。
それを示さねば民主主義のあり方に疑問を呈してはいけないと貴兄はお考えなのでしょうか。今日のように、民主主義こそ正義という固定観念がまかり通っていたのでは、その先を示しようがないと私は思います。
>民主主義でなければ反民主主義もできない
これこそが固定観念ではないでしょうか。民主主義をとるからこそ、何でもできる自由があるというのは思い込みでしかありません。むしろ現実にはその自由のゆえに何もできなくなりつつあるのかもしれません。
>「議会制」で各々の立場を言論で保存するという仕組みをとるのがほとんどです。
議会制それ自体を否定するつもりはありませんが、多数決は賢人会議で行わねばならぬと申し上げているに過ぎません。
>その善良な大衆にはそれが最大幸福に思えるのですから、まったく問題はありませんね。
同じ事を再度ご指摘申し上げるのは気がひけますが、“最大幸福に思える”のではなく、“最大幸福をもたらす手段に思える”でありましょう。
>SHOさんは民主主義という体制と資本主義という構造をごっちゃにしてらっしゃる。
資本主義の話を持ち出した覚えは全くございません。小生の論を取り違えていらっしゃるのは貴兄の方ではないでしょうか。ゆえに、ご指摘の意味を理解いたしかねます。
>よい王様が納めればよい国になるのだ。という考えは、王様という存在がそもそも悪を含むのだという観点を隠蔽しています。
民衆が自由に幸福になる手段を選べるなら幸福になれるのだという考えは、民衆という存在が、そもそも全体利益を考慮しない利己的性質を含むのだという観点を隠蔽しているのではないでしょうか。その主張がいきつくところは、衆愚政治でしかありません。
そしてそれは特別な例を持ち出すまでもなく、今日の政治がそれを証明しているのではないでしょうか。
>自分が支持している人物、政党、思想は善であるというのはイデオロギーに他なりません。
>世の中の仕組みやいろいろなことを知っていて正しい判断の出来る者がそのような意図をもたないとしているのは、まったくもってご都合主義です
おっしゃる通りです。独裁政治が正しいなどと申し上げたつもりはございませんので、単純な誤解でありましょう。
>それに算数の授業なら、順序良く考える(論理的整合性にもとづいて考える)ことこそ、そこで教えるべきで、「なんとなく」で選ぶことは算数では正解ではないということを教えなければなりません。
おっしゃる通りです。最初に教師が多数決をとってみせたのは、授業参観ならでは演出的な要素があるのは間違いないことでしょうが、それが示唆するものとは、論理的思考を介在させることなく自己の直感だけで解答を選択することが間違っているということでしょう。
そして、小生はその授業に感じた民主主義の欺瞞を表現したに過ぎません。その欺瞞を仕方のないことだと思って沈黙するなら良しですが、貴兄のようなコメントを頂戴することになるなど全く予想外でした(笑)。
>算数で多数決なんてナンセンスですよ。もし本当に正解を多数決で決める先生だとしたら、、、大問題です。
これはあたりまえの話でしょう。一体誰が算数で多数決をとるのが正しい答えにたどりつく方法であるなどと思うでしょうか。
小生が先の授業から感じたのは、“算数のできない者が、解答欄にその答えだけを「その場の気分」で並べたてているのが今日の政治、民主主義のあり方そのものだ”ということです。
|
|