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くまげん様
こちらこそ、何度もお返事ありがとうございます。
>代案なき批判はためにする議論と同じではないでしょうか?
確かに、小生はシステムの代案を示しているわけではありません。しかし、それを示すばかりが社会を変えるための提案ではないことでしょう。
そもそも、システムの代案を示すということは、社会をその上部構造から下部構造へと変革していこうとする営みに他なりませんが、それをなさずとも、その下部構造の意識から変えて、その先にある上部構造の変容を促すという方法もあるわけです。
そして、それが教育というものではないでしょうか。
現実にはあり得ない自由や平等の概念を基に構築された今日の社会システム。そしてこれに疑問を抱かせようとしないサヨク教育こそが、社会全体をスポイルしていると小生は愚考します。ゆえに、それらの一つひとつを批判していくことに意義があると私は思います。なぜなら、それによって社会の下部構造が変容をはじめるきっかけとなるからです。
>選ばれる立場に立つという選択枝がどうして消えてしまうのか理解に苦しみます。
選ばれし人々は賢者のゆえに選ばれているのでしょうか。あるいは、賢者を自覚するが故にその立場にあるのでしょうか。しからば何も問題はないことでしょう。
しかしながら、現実には世襲が横行し、ろくなビジョンをもつでもなく、人気取りに巧みなだけの芸人崩れが選ばれる側の多くを占めているのではないでしょうか。
見栄えのするハンサム君やベッピンさんが眉間にしわ寄せた思慮深き元老を押しのけて易々と選挙に勝利するのは何故でしょうか。
そういう結果を導く原因こそ、自由と平等を正義に据え置く民主主義にあると小生は愚考する次第です。
よりよき社会を生み出すため、市井の有志にできるのは、こうしたゲリラ活動(笑)をおいて他にはないと。
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