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SHOさんへ

 投稿者:くまげん  投稿日:2009年11月 3日(火)10時09分38秒
  ご丁寧な返信ありがとうござます。

民主主義が正義であるという世論が強いから、他の考えが<私は>思い浮かばない。
提案できない。というのはおかしな話ではないでしょうか?
民主主義を批判できるのも民主主義の前提にある自由権ゆえに。というのは
批判の対象にできないものではないでしょうか?

 SHOさんが言いたいのは能力に過分な自由は不自由をもたらすという考えでは
 ありませんか?

 それについては、自由を行動の選択枝とすればよく、能力に応じて選択枝は各個人に
 想定されるので過分になることはない。むしろ、自由であるのに能力がなくて選択枝
 がなくなるという事態の方が多いのではないか。という問題の方が多いと思います。

たとえば、人は雇用者ではなく被雇用者として生まれるわけではありません。雇用者にも
被雇用者にもなるのです。(封建社会ではそうではありません。)なのに、大勢の人々は
被雇用者たるように生きるのです。それは<責任>の問題です。

>民衆が自由に幸福になる手段を選べるなら幸福になれるのだという考えは、民衆という存在が、そもそも全体利益を考慮しない利己的性質を含むのだという観点を隠蔽しているのではないでしょうか。その主張がいきつくところは、衆愚政治でしかありません。
そしてそれは特別な例を持ち出すまでもなく、今日の政治がそれを証明しているのではないでしょうか

 全体利益はそもそも誰に利益をもたらすのでしょうか?であれば利己的な人間がいる
 だけできちんと船体利益ももたらされることになります。

 SHOさんがいいたいのは利益ではなく規則つまり道徳の保存のことではないですか?

 だからこそ、資本主義の話になるのですが…。資本主義、市場がもたらすものは、同じ
 階級であっても貧富による格差です。それが、それまであった道徳や共同体主義を破壊
 します。なぜなら、利益は能力に応じて分配されるという市場を通じた新しいルールが
 それらを駆逐していくからです。

衆愚政治の対義語はたぶん賢帝政治だと思いますが…、そもそも賢帝といわれるのは
政治がうまくいっているからです。暴君である保障は何ひとつありません。

つめり、賢帝を求める意識そのものが愚民の意識ということになりませんか?

賢帝であろうとひとりひとりがすること以外には無いとおもいます。
しかし、何が賢いことなのかは、実は確定されません。

というよりも、それを論議し体制として作り上げていくことが政治ですよね。
 

<その場の気分>

 投稿者:SHO  投稿日:2009年11月 2日(月)19時18分18秒
  くまげん様

お返事ありがとうございます。

>民主主義をどう乗り越えるか。乗り越えた後の体制とは何かが提示されていません。

それを示さねば民主主義のあり方に疑問を呈してはいけないと貴兄はお考えなのでしょうか。今日のように、民主主義こそ正義という固定観念がまかり通っていたのでは、その先を示しようがないと私は思います。

>民主主義でなければ反民主主義もできない

これこそが固定観念ではないでしょうか。民主主義をとるからこそ、何でもできる自由があるというのは思い込みでしかありません。むしろ現実にはその自由のゆえに何もできなくなりつつあるのかもしれません。

>「議会制」で各々の立場を言論で保存するという仕組みをとるのがほとんどです。

議会制それ自体を否定するつもりはありませんが、多数決は賢人会議で行わねばならぬと申し上げているに過ぎません。

>その善良な大衆にはそれが最大幸福に思えるのですから、まったく問題はありませんね。

同じ事を再度ご指摘申し上げるのは気がひけますが、“最大幸福に思える”のではなく、“最大幸福をもたらす手段に思える”でありましょう。

>SHOさんは民主主義という体制と資本主義という構造をごっちゃにしてらっしゃる。

資本主義の話を持ち出した覚えは全くございません。小生の論を取り違えていらっしゃるのは貴兄の方ではないでしょうか。ゆえに、ご指摘の意味を理解いたしかねます。

>よい王様が納めればよい国になるのだ。という考えは、王様という存在がそもそも悪を含むのだという観点を隠蔽しています。

民衆が自由に幸福になる手段を選べるなら幸福になれるのだという考えは、民衆という存在が、そもそも全体利益を考慮しない利己的性質を含むのだという観点を隠蔽しているのではないでしょうか。その主張がいきつくところは、衆愚政治でしかありません。
そしてそれは特別な例を持ち出すまでもなく、今日の政治がそれを証明しているのではないでしょうか。

>自分が支持している人物、政党、思想は善であるというのはイデオロギーに他なりません。
>世の中の仕組みやいろいろなことを知っていて正しい判断の出来る者がそのような意図をもたないとしているのは、まったくもってご都合主義です

おっしゃる通りです。独裁政治が正しいなどと申し上げたつもりはございませんので、単純な誤解でありましょう。

>それに算数の授業なら、順序良く考える(論理的整合性にもとづいて考える)ことこそ、そこで教えるべきで、「なんとなく」で選ぶことは算数では正解ではないということを教えなければなりません。

おっしゃる通りです。最初に教師が多数決をとってみせたのは、授業参観ならでは演出的な要素があるのは間違いないことでしょうが、それが示唆するものとは、論理的思考を介在させることなく自己の直感だけで解答を選択することが間違っているということでしょう。
そして、小生はその授業に感じた民主主義の欺瞞を表現したに過ぎません。その欺瞞を仕方のないことだと思って沈黙するなら良しですが、貴兄のようなコメントを頂戴することになるなど全く予想外でした(笑)。

>算数で多数決なんてナンセンスですよ。もし本当に正解を多数決で決める先生だとしたら、、、大問題です。

これはあたりまえの話でしょう。一体誰が算数で多数決をとるのが正しい答えにたどりつく方法であるなどと思うでしょうか。
小生が先の授業から感じたのは、“算数のできない者が、解答欄にその答えだけを「その場の気分」で並べたてているのが今日の政治、民主主義のあり方そのものだ”ということです。
 

算数で多数決なんてナンセンス

 投稿者:くまげん  投稿日:2009年10月29日(木)05時04分28秒
  ですよ。

 もし本当に正解を多数決で決める先生だとしたら、、、大問題です。

というか、そのようにSHOさんがその授業を解釈したにすぎません。
先生はそんなこと意図してませんよ。

本当ならどうして、これにしたの?と理由を問い。その理由を聞いて立場変更を求めるのが
民主主義の議論じゃないでしょうか?まさか多数決だけが民主主義のシステムだとSHOさんは
お考えなのですか?

そこまで子どもに考えさせれば、先生の問い方(そもそも、どれが箱になるかという問いが
ひっかけです。どれが…という疑問詞には、限られた数のというニュアンスで子どもには
共有されていて、選択せよという意味にとらえる子はいないですから。)のおかしさに気づき

どれもなるという意見(意見です。)が発生したかもしれません。

つまり、先生が意見を開陳するのではなく、児童が意見を述べ合う授業こそが本当ではない
でしょうか?

(つまり、この時点でその先生が算数科そのものに対する理解が本当に基準に達しているか
という問題。授業とは何かということにどう答えるのかという問題を孕んでいます。巨頭体制
や独裁体制、エリート主義についてまわるこのような疑義はユーザによる監視ということによ
ってしかその逸脱を防げません。しかし、監視を強化すると、おざなりに逃げる。それこそ、
どの教室へいっても一字一句が同じことしか言われない。という事態に陥るかもしれません。
ことほど現実は複雑です。)
 

その証拠

 投稿者:くまげん  投稿日:2009年10月29日(木)04時54分19秒
  世の中を意のままに操ろうと思う者を否定していながら、
世の中の仕組みやいろいろなことを知っていて正しい判断の出来る者がそのような意図をもたない
としているのは、まったくもってご都合主義です。

 自分が支持している人物、政党、思想は善であるというのはイデオロギーに他なりません。
 つまり、世の中を意(イデオロギー)のままに組織したいという欲望の表明です。

横並び教育…うーん。基礎基本は横並びだと思いますよ。九九を習得するのは自己責任じゃ困ると
思いませんか。それに算数の授業なら、順序良く考える(論理的整合性にもとづいて考える)こと
こそ、そこで教えるべきで、「なんとなく」で選ぶことは算数では正解ではないということを教えなければなりません。

 パズルのように「そうなんだあ。やられたなあ」で終わるなら時間の無駄です。同じ正方形の紙を
六枚くばって箱になるようにテープでつなげという授業の方がまだマシでしょう。
(できない子がいて泣き出すかもしれませんが、横並びじゃなくていいんでしょ。それがSHOさん
の子でも。うちの子は馬鹿だ。仕方がない。先生ありがとう。と言えるわけですよね。恥をかかされた。じゃなくて。…本当に?)

 先生はそれは無理(当たり前です3年生の内容なんですから)だと考えて、クイズにしたんです。
 参観日の演出にすぎません。(そこにも政治があるんですね。)
 

SHOさんへ

 投稿者:くまげん  投稿日:2009年10月29日(木)04時45分6秒
  ご丁寧な返信ありがとうございます。

民主主義のあり方に疑義という貴兄の主張はよくわかりました。
しかし、では、民主主義をどう乗り越えるか。乗り越えた後の体制とは何かが
提示されていません。

 つまり、民主主義(現在)のあり方は本来の民主主義のあり方ではないという
 主張と変わらないのではないですか?


民主主義の前提として自由権(基本的人権)の尊重があります。民主主義でなければ
反民主主義もできないという矛盾がそこにはあります。多数決が有効なのはこの自由権
が尊重され各々が各々の立場で最大幸福を追求する態度が確保されているという前提が
あるときだけです。

 その担保が難しいからこそ「議会制」で各々の立場を言論で保存するという仕組みを
 とるのがほとんどです。国会のみならず各委員会における発言がネットで簡単に読める
 のは日本が民主国家だからです。

メディア批判はその通りだと思います。が、その善良な大衆にはそれが最大幸福に思える
のですから、まったく問題はありませんね。隠された真実による判断が幸福をもたらすも
のだという保障は何もありません。(参照、岸辺のアルバム)

SHOさんは民主主義という体制と資本主義という構造をごっちゃにしてらっしゃる。
資本主義という構造の上に民主主義という体制がのっかっていることに矛盾があるのでは
ないかというならその通りかもしれません。じゃあ、どうします?共産主義という構造の
上に民主主義という体制を乗せますか?

選ばれた者による独裁性あるいは巨頭体制みたいなものを考えているなら、それこそ
最大多数の最大幸福が実現されることはありません。まったくの無意味です。
よい王様が納めればよい国になるのだ。という考えは、王様という存在がそもそも悪を含むのだ
という観点を隠蔽しています。
その主張がいきつくところは、ひとりひとりにICタグをつけスーパーコンピューターで行動
や幸福度を関連づけてデーターベース化しそのコンピューターがシミュンレーションし最善の
政策を実行するという<人間を排除した政治システム>の構築でしかありません。

完全な万能人がいないという現実の中で最善の選良を作り出すとすればそうなるのです。
 

<民主主義の欺瞞>

 投稿者:SHO  投稿日:2009年10月14日(水)08時54分46秒
  くまげん様

返答すべきか否かためらわれましたが、お返事を試みてみましょう。

> 最大多数の最大幸福が民主主義の原則であり、これを政治に反映するために議会制が行われるというのが筋です。

おっしゃる通りです。ゆえに、民主主義そのものに疑問を呈しているわけです。民主主義こそ正しいというものの考え方は硬直した思考に過ぎず、今日行われるサヨク教育による洗脳の産物でしかありません。

>幸福は物理法則でも数学的真実でもなく、感情(受け止め方)の問題

ここまでは部分的に同意いたしましょう。

>その展開図の授業とはまったく違う論理

“多数決の結果が真ならず”という論理は何を例にとってみても明らかです。確かに、求めるところが最大多数の最大幸福であったとしても、実際に行われる政(まつりごと)というのは、皆で幸福の形を選んでいるわけではなく、そこに達するための手段を選択しているわけです。無論、この手段の選択には為政者の選択も含まれます。そして手段の選択には豊富な知識に基づいた卓越した慧眼が必要になることはいうまでもありません。にもかかわらず、その優れた視点を万民に求めることが正しい選択といえるでしょうか。ここに、民主主義の欺瞞があるわけです。

仮に、世の中を意のままに操ろうと企む者がいれば、民主主義は格好の道具になり得るでしょう。潤沢な資金でもってマスメディアのスポンサーにつき、世論を操ってしまいさえすれば良いからです。自分たちにとって都合のよいニュースだけを垂れ流し、都合の悪いニュースを伏せてしまえば、善良ではあっても愚かな大部分の大衆はその誘導に抵抗する術がありません。
そして、それは既に仮定のお話ではなく、現実のものとなっているのです。

>それに…申しわけないけれど、その先生は小1の教科書(指導要領の内容)を勘違い
しておられるようです。立方体の展開図は扱いません。(扱ってもよいのですが、前後
の内容からあまりにもかけ離れています。)

横並び教育を旨とするサヨク教育とは真っ向から対立する先鋭的な私立学校だからこそ、行われている授業です。勘違いではありません。
 

越境問題について

 投稿者:くまげん  投稿日:2009年10月11日(日)07時00分16秒
  解決策は二つあります。
東京都全区において学区制の廃止。つまり、自分で行きたい学校を選んで、地下鉄、バスの
フリーパスで通う。バスケットボールを学校生活の中心にしたい部活が強ければそれでいい
という保護者の方と生徒は少数の学校に集まってくれると思います。

一方で、ほどほど楽しくという生徒、保護者はそんな学校は選びません。
<出ると負け>でも選手にはなれるわけですね。楽しい部活ができるわけです。


二つ目は、バスケットチームを複数編成することです。トップリーグとセカンドリーグに
すればいいですね。部員の多い学校は必ず二部編成すると。
同じくらいの実力で争えるのでレベルも上がっていいんじゃないでしょうか?

 <地元の子が選手になれない>ってことがそんなに重大事ならこんな方法で解決するのが
 いいと思います。

ただ、昔は強いから俺ごときが選手になれないのは仕方ないという気持ちの方が強かったはずです。余所者にでかい顔されて気が済まない。なんてことを親にほざくのは負け犬です。
もう将来の希望もあったもんじゃありません。世の中に出たら学区別に企業が競争させて
くれるでしょうか?自分のチームが勝つことよりも、自分が選手として出る方が大事…
申しわけありませんが、そんな選手は指導者としては使いたくありません。
 

最大多数の最大幸福

 投稿者:くまげん  投稿日:2009年10月11日(日)06時52分40秒
  が民主主義の原則であり、これを政治に反映するために議会制が行われるというのが
筋です。

 幸福は物理法則でも数学的真実でもなく、感情(受け止め方)の問題なので、
その展開図の授業とはまったく違う論理です。


 それに…申しわけないけれど、その先生は小1の教科書(指導要領の内容)を勘違い
しておられるようです。立方体の展開図は扱いません。(扱ってもよいのですが、前後
の内容からあまりにもかけ離れています。)
 

<立法体>

 投稿者:SHO  投稿日:2009年10月 6日(火)09時21分11秒
  先日、倅の日曜参観に参加する機会があった。小学一年生の算数で立方体の展開図に関する授業だった。黒板に立方体の展開図が四種類示され、その中からさいころの形になるものを選ばせるという問題で、四種類の展開図にはそれぞれ番号がふってあり、まず初めに、そのうちのどれが立方体になるか多数決がとられた。観ている親たちもどこまで正解しているのかあやしいものだったが、一番から三番まで、それが立方体になると判断した児童は圧倒的少数で、4番のみ、全員一致で立法体になるという結果だった。その後、実際にそれらの展開図を紙で切り取って児童に立法体を作らせ、正解を納得させるという内容だった。

これは、物事の形が複雑になると多数決では決して正解が得られない見本のようで印象的だった。つまり、多数決の結果は誤答であり、“全て立法体になる”が正解なのだが、そのように判断したのは極めて少数であり、一割に満たない。
結局、問題が煩雑になると、正しい判断はごく少数の賢者の間でしか共有することができないのである。にもかかわらず、それらを合議制の名のもとに多数決で決めればどうなるか。ここに議会制民主主義の限界がある。人気投票で政治が良くなるはずがないのだ。まあ、当たり前の話ではあるのだが。
 

越境について

 投稿者:賛同  投稿日:2009年 9月10日(木)10時14分1秒
  国立1中女子バスケ、与野東女子バスケも不正な越境があり、教育委員会も学校も何もしないのは、間違ってると思う。
大阪市のホームページを見ると、越境入学を許さないと書いてます。
市が地元のために動いてるのはあたりまえでしょう。
公立中学なのに、越境入学を教師がさせてることは良いのでしょうか??
教師として失格だと思います。
教師はこんなことぐらじゃ クビにならないのですから、、
教育委員会は考えるべきだと思います。
 

国1女バス越境と同じだね

 投稿者:バレー  投稿日:2009年 8月26日(水)23時45分43秒
  国立1中女子バスケットボール部の不正が一部、ネットに出ていますが、愛知県などますこみ他県でもあるんですね。多くはマスコミにすっぱ抜かれて問題となり顧問や校長は処分されています。
バレーボールでも、渋谷区の公立中の鉢山中や千葉県の中学での越境が新聞に出て問題となっていますね。鉢山中越境、中学越境で検索するとヒットしますよ。
新聞を見るかぎり、学校も教育委員会もマスコミに出るまでは動かないみたいよ。
 

国立1中女子バスケット部

 投稿者:少し賛同  投稿日:2009年 8月16日(日)22時40分20秒
  越境する場合、小学校時代にいじめを受けていたと申告すれば、許されることが多い。それが、うそでも。この場合がそうなのかわからないが。学校も教育委員会もことなかれ主義が残念。少なくとも教育の場で親御さんや子供らがいがみあうような事態を行政や学校は是正する努力をすべきだ。越境された地域の子供、越境先の地域の子供にとってあきらかによいことではない。越境した子供にとっても、中傷され、いろいろなことを思われながら試合にでるのだからかわいそうな気もする。まあ、でもこういう子供や親は優勝して関東、全国大会に行けばそれでよしとするのか。どちらにしても学校という教育機関が中心となって地域のつながりをを壊している。行政の制度にも問題があり。  

さいたま市立与野東女子バスケ

 投稿者:さいたま市内在住  投稿日:2009年 8月 6日(木)23時01分58秒
  与野東女子バスケは高校受験で、公立の高校のバスケ推薦があるといいます。
公立の高校なのにバスケ推薦があるのは、裏で取引があるに違いない。

問題にならないのか不思議です。
 

さいたま市立与野東女子バスケ部

 投稿者:賛同します。  投稿日:2009年 8月 4日(火)12時22分39秒
  さいたま市立与野東女子バスケ部も、先生がスカウトをして学区の生徒の親から住民票を借りて入学させてます。
学校側は強くなればそれで良いと思っているのでしょう。
顧問も、越境の子達メインの試合で、差別を感じます。
なぜ、許されるのか? なぜ、不正をして入学させてる顧問は子供たちに指導が出きるのか?  納得いきません。
 

教育の機会は保障されている

 投稿者:レイニー  投稿日:2009年 7月31日(金)10時11分50秒
  今朝の朝日新聞東京本社版によると、国立大学の進学者について調査したところ、
親の収入による進学率の格差はほとんど存在しないことが明らかになった。

私立については当然差があった。

勉強ができれば貧富の差に関係なく進学できることが明らかになった。
 

国立一中女子バスケ部越境問題

 投稿者:賛同します。  投稿日:2009年 7月28日(火)18時49分20秒
  国立一中の女子バスケ部の件は、立川市内の中学校でも問題になっています。
本来は、立川市内の中学に入学するはずが、ギリギリまで不正を隠し、国立一中に入学した・・・ということで、バスケットクラブ内では、同級生の間で溝が出来、他の同級生には、クラスが削られてしまった・・・ということで迷惑をかけている!
これは、越境した生徒個人の問題だけでは、無い!!と思います。
又、不正にかき集めた部が、都大会進出や各大会の決勝進出などということがあって良いのでしょうか?!公立中学校で部員集めが許されて良いのでしょうか?!
国立市・立川市共にもっと真剣に教育委員会が動くべきです。
住民票を移動すれば、その住所に居住していなくても問題ないのか?!
どう考えてもおかしい!!
 

<民主党に政権を握らせてはいけない>

 投稿者:SHO  投稿日:2009年 7月15日(水)11時29分30秒
  子供たちの教育がこれ以上荒廃しないために。

日本の真実として下記資料を提示します。

http://chirashihokanko.web.fc2.com/
 

全ての女性に同等の権利を!

 投稿者:悪平等主義壊滅  投稿日:2009年 6月21日(日)11時39分58秒
  女男平等の悪平等社会を変革しようでは有りませんか。
教師の給料・ボーナスは実力主義にする事で男の先生の威厳はある程度取り戻せると考えられる。
例えば、自営業や民間会社等の一般的な平均で言えば、同一年齢の女性と男性の年収を比較すると男性の約7割から5割位の年収を女性が受けている状況である。
これは、所謂男女差別が原因でそう成っているのでは無く実力主義の為である事が分かります。
でも、公務員は違います日教組と自治労などが男女悪平等主義を唱えています、現実には
更に悪質で女性超厚優遇制度を堅持しています。

http://tt

 

韓国人教師

 投稿者:ni  投稿日:2009年 6月18日(木)07時50分47秒
  今現在日本では在日韓国、朝鮮人は教師になれます。
有名なことですが朝鮮、韓国は超反日国家でそんな彼らが教師になる。

日本人が苦しむ事が何よりの楽しみである彼ら、子供の人生を潰すのが楽しみなわけです。
実際それらが教師や教育委員会に存在し、体罰やいじめを隠しその状況を継続させ、教育を破壊する。

日本教職員組合、許せます?
ちなみに在日が犯罪しても名前は公表されません。
男性教師(50)という形になります。
 

昔と今の学校教育の相違点2

 投稿者:キタショー  投稿日:2009年 6月10日(水)19時29分13秒
 

・男の先生も女の先生も関係なくとても威厳があった。
・先生が生徒に体罰を与える事が多かった。
・自分が担任している学級や学年の生徒以外の生徒にでも関係なく厳しく叱る先生が多かった。




・女性が強くなり、男の先生の威厳が低下し、女の先生の威厳が上昇した。
・先生が生徒に体罰を与える事が少なくなった。
・自分が担任している学級や学年の生徒には厳しく叱るのに、他の学級や学年の生徒にはあまり厳しく叱らない先生が多くなった。
 

以上は、新着順21番目から40番目までの記事です。 1  2  3  4  5  6  7  8  |  《前のページ |  次のページ》 
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