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おめでとう!
投稿者:
一階千絵
投稿日:2005年 3月 7日(月)14時49分19秒
久しぶりの発言です。
石川君、そして他の卒業が決まった皆さん
頑張ったかいがありましたね。
おめでとうございます。バンザーイ\(^^)/
(無題)
投稿者:
石川康平
投稿日:2005年 3月 5日(土)02時02分49秒
今日、無事に卒業が決まりました。
ギリギリまで苦しめられた卒論も手元に戻ってきて、感慨もひとしおです。
人科に行くのはおそらく今日で最後でした。
先生、本当にいろいろありがとうございました。
お世話になりました。
(無題)
投稿者:
西村達樹
投稿日:2005年 1月14日(金)07時58分28秒
昼食を食べ終えると、今度は車に乗って博物館へ行った。途中でキム・テウウという人も合流した。テウウは、留学で早稲田大学に1年間いたらしい。そして義務で兵役で2年間過ごしたらしい。ここでも、文化の違いが感じられた。自分がもし義務で兵役のある国にいたら…想像もつかなかった。だからただ単純に、テウウってすげえ、と思った。夏休みに日本に来たときにフェンシング場に顔をだすっていってたけど、覚えてるかな。博物館内は昔の土器などが飾られていた。やはり日本と違って、昔から使われていた道具なども韓国の文化独特の姿形をしていた。
それが見終わって、途中でリム先生が合流し、今度はシンさんという有名な陶芸家の家を見学させてもらった。家に入るとさまざまな形をしたお皿や壺などが置いてあった。鑑定士じゃあるまいし、決してそのお皿や壺の価値なんてわからないけれど、とても手でつくったとは思えないような、左右対称の複雑な形をしたものとかつくっていることを考えると、すごいなと思った。そのシンさんはいかにも陶芸一筋ですって感じだった。
夜になって、昼食を食べた店に戻り、リム先生、ウォンさんたちとご飯を食べた。そこでもまた、あの骨付きカルビがどんどん運ばれてきた。そこでもまた、食べまくった。少しして、ビールの中にウイスキーを入れて飲む、爆弾酒というものを何回も飲んだ。韓国では、みんな平等にお酒を飲むのが決まりらしい。終わったころにはみんなべろべろに酔っていた。タクシーでホテルに運ばれて、その1日は終わった。
3日目、朝から電車に乗ってミョンドンへ。韓国の電車は地下鉄しかないらしい。でも日本に比べるとすごく運賃が安かった。ミョンドンに着くと、駅近くの店で朝食を食べた。ここで食べたカルビタンはものすごくおいしかった!スープはあっさりめで、その中に入ってるカルビがたまんねえっす!って感じ。どの店に入っても必ずでてくるキムチとかもおいしいし、言うこと無し。それからミョンドンの街を歩いて、少し買い物などしてから
ウォンさんと合流し、今度は昔のバレーボールの五輪メダリストのカンマンスウさんに会った。やっぱりバレーボールの選手だけあって、背がすごい高かった。たしか195cmぐらいと言っていたような気がする。そのマイナス30cmが自分の身長だ。30cmものさし一本分違う。ほんと、その身長ちょっとちょうだい、って思った。あと、韓国ではマナーが厳しいこともわかった。カンさんの奥さんは、自分たちがしゃべっていたのが気に入らなかったらしく、すこしご立腹だったらしい。まあ、どんまい。
それが終わるとタコを食べに行った。その店では生きたタコをそのまま食べた。ぶつ切りにされてるのにまだ元気に動きまわっている。こりこりしていて、これまたすごくおいしかった!少しして鍋がでてきて、そのなかにもタコが今度は丸々一匹、豪快に放りこまれていた。日本のタコとはまた違った感じで、とにかく歯ごたえが良かった。
食べ終えてからは自由行動で、自分たちは一度東大門に行って、それから朝行ったミョンドンへと向かった。移動はすべてタクシー。日本は大体600円台からスタートするのに対して、韓国は100円台からだから、ものすごい違いだ。こりゃ日本に戻ったらタクシーに乗りたくなくなるだろうな、と少し考えてしまった。この日は24日、クリスマスイブということもあって、繁華街はどこに行っても人だらけだった。
4日目、朝にロッテデパートあたりでおみやげなどを買った。そして午後6時50分の飛行機に乗り、日本にもどった。
今回の韓国研修は、短い期間で様々な文化と出会い、人と出会い、環境を知ることができた。何よりも、日本を離れて韓国で異文化を学んだことによって、改めて自分自身を見つめなおす良いきっかけになったと思う。言語、文化は違っても、やはり人と人との繋がりって大切だな、とつくづく感じた。
韓国研修旅行
投稿者:
西村達樹
投稿日:2005年 1月14日(金)07時57分3秒
12月22日、午後8時半成田空港発の飛行機に乗り、韓国へとむかった。今回の韓国研修は22日から3拍4日、すなわちクリスマスを韓国で過ごすことになる。
11時半頃、韓国の空港に到着し、バスで宿泊先へ。先生から聞いていたとおり、韓国は異様な寒さだった。車内から町並みを見ようと思っても、その寒さのせいか、窓が少し凍っていてまともにみることができなかった。1時間半あまりバスに乗り、ホテルに到着。荷物を置いてすぐに、先生の友人の石井さんに連れられて、南大門へむかった。ホテルをでたのが午前2時。そのわりに車は当たり前のようにいっぱい走っているし、南大門に近づくにつれて、街の雰囲気も賑やかになっていった。日本では、たいてい昼に活動して夜に休むイメージだが、どうやら韓国は関係ないらしい。夜働く人は、仕事が終わる午前2時3時ごろにカルビを食べまくる、というのを聞いて、そのすさまじい韓国人の生活力に驚いた…と言いつつも、その日は自分たちもビールと焼酎を大量にあけ、大量に韓国料理を食べた。注文した料理がすべて出終わるまで、箸を持った手は止まることはなかった。要するに、韓国料理めっちゃうますぎ!!特に、この日は食べなかったが、カルビタンと活きたタコの踊り食いは最高においしかった。日本に帰っても、毎日食べるものは韓国料理でもいい!と思ったぐらいだった。
2日目、迎えに来てくれた人の車に乗って約1時間後、ヨギン体育大学に到着した。ヨギン大学は、早稲田大学の所沢キャンパスのような街から少し離れたところにあったが、大学内はとんでもなく広かった。サッカー場はもちろん、野球場、ゴルフ場もあった。サッカー場は芝生が敷き詰められていて、そこではちょうど相撲部やテコンドー部が筋力トレーニングを行なっていた。団体でトレーニングしていたが、なんだかよくわからないけれどその光景を見ただけで、日本でみる練習の光景とは少し違うものを感じた。なんとゆうか、わきあいあいではなくて黙々と、というか…。たまたま見た練習の光景がそうだっただけかもしれないな、とそのときは思った。そして体育館の中に案内されると、いろんな部をみてまわった。そのなかには日本では聞いたことのない格闘技の部がいくつもあり、練習しているところをみせてもらった。やっぱりここでもその光景が少し異様な感じがした。そしてそれが、大学内を見学していく中で、上下関係の厳しさの違いなのかな、と思うようになってきた。自分たちはリム先生という体育大学の教授に連れられていろんな部をみてまわったが、リム先生とすれ違った学生は一度立ち止まって礼をしていく。やっぱり日本に比べて韓国はだいぶ練習する環境も違うようだった。トレーニング設備はすごく充実しているし、ひとつひとつの部の練習場は広いし、環境は充分に整えてあげてるのだからあとはしっかり練習してください、みたいな感じだった。見学が終わると、リム先生とそのゼミの人たちと昼食を食べた。昼時だというのに骨付きカルビがどんどん運ばれてくる。めっちゃうまかった。隣で先生がケジャンという激辛のカニに苦戦していた。食べてみると、この世のものとは思えないような辛さだった。誠治もカニの辛さにやられていた。ゼミ生、韓国でケジャンに苦戦。リム先生のゼミの人たちは韓国語しかわからなかったので、とりあえずサランヘヨを無駄に言いまくればウケがとれるかなと思ったけど、期待していたリアクションは返ってこなかった。どうやら、韓国人は笑いのつぼも違うようだ。
演習1!!!極めて危ない出席率
投稿者:
おおたあきら
投稿日:2004年 5月31日(月)10時04分37秒
極めて危ない出席率の
飯塚!西村!
まだこちらにメールも来ない
廣田!
先日の、この授業の出席者
2年生増田、3年生、寺田、中石、のみ!
5年生、丸山は影も形もなし!
履修者は7名!
飯塚、寺田 両名もオッケー!
投稿者:
おおたあきら!
投稿日:2004年 5月12日(水)23時12分2秒
来週の課題もがんばれ!
4名だね!
残りが来次第もっときつくするぞ!
今までで一番感動した話
投稿者:
寺田 有希
投稿日:2004年 5月12日(水)19時09分48秒
私が一番感動した話は、大学での関東新人戦大会で優勝したことです。1・2年でチームを構成する試合で、私はキァプテンで大将をさせていただきました。順調にベスト8までいき、明治大学との一戦。次鋒・中堅が負け、3将が勝ち、1ー2で私に勝負がかかってきました。みんなの期待を背に必死にがんばり、大将戦を制し、代表戦に持ち込みました。疲れもありましたが、仲間の応援に後押しされ、代表戦も制しました。準決勝、法政戦。先鋒が勝ち、1ー0で大将戦。先に1本取られましたが、2本取り返して勝ち、決勝も国武大に勝ち、優勝。みんなと笑顔で喜べたことが今までにない感動でした。
最高に感動したスポーツの話!
投稿者:
飯塚祐也
投稿日:2004年 5月10日(月)04時17分3秒
私が一番好きなスポーツはプロレスです。プロレスは五歳の時からの現在まで変わらず大ファンです。子供の頃は、プロレスラーになるのが夢で、小学校や中学校の頃は、毎日教室の後ろでプロレスごっこをして、先生に怒られていたものです。そんな私が、今までで一番感動したベストバウトは、今から二年前の大晦日、さいたまスーバーアリーナで行われたイノキボンバイエ、猪木軍対K-1最強軍のメインイベントで行なわれた、安田忠夫対ジェロムレバンナの一戦です。この試合は、大晦日の紅白歌合戦の裏番組として放送されて、紅白の裏番組としては歴代二位の高視聴率を挙げた事でも、有名な試合なので、テレビを御覧になった方も多いいと思います。この試合で、当時K-1で最強といれたバンナにプロレス界でも目立った活躍のない中堅選手の安田が世紀の番狂わせ、奇跡の大勝利を挙げて、日本中を感動の渦に巻き込んだ試合でした。この試合の背景としては、安田選手は、大相撲で元小結の孝乃富士として、活躍しながらも引退後、新日本プロレスに32才で転向して、レスラーデビュー。しかし、その後は、恵まれた体格を生かせずに不器用なファイトスタイルで中堅に甘んじ、大した活躍もないままでした。その後、私生活で趣味のギャンブルで多額の借金を背負い自己破産、離婚、最愛の一人娘とも会えない生活の中、弱く怠け者の自分自身を脱却するため、師匠のアントニオ猪木の下で半年の地獄のトレーニングの後に、大晦日のイノキボンバイエでメインに大抜擢を受けて、K-1軍最強のバンナを激破しました。この試合で、安田選手を勝利に駆り立てたのは、客席で観戦していた離婚後に会えなくなっていた、娘さんとの親子愛の影響が大きかったと思います。「人生土俵際」まで行くと、人間は、自分の実力以上のすごい火事場のクソ力を発揮するのだと、改めて実感した、感動の試合でした。
ふたりともがんばれ!
投稿者:
おおたあきら!
投稿日:2004年 4月29日(木)14時06分23秒
オッケー!
残りの学生はどうする気かな?
一階頼むよ!いろいろ指導してください!
最高に感動したスポーツの話
投稿者:
増田誠治
投稿日:2004年 4月28日(水)23時51分20秒
私は高校からフェンシングを始めました。そして、現在も大学のフェンシング部に所属しています。現在、早稲田大学フェンシング部は、男女フルーレ、男女エペ、女子サーブルの五つの種目において1部リーグに在籍しておりますが、男子サーブルだけは2部リーグに在籍しています。そして、私がやっている種目がその男子サーブルなのです。今年で57回目となるリーグ戦ですが、男子サーブルは過去に一度も1部リーグにあがったことはありません。しかし、先日行われた、リーグ戦の2部で初めて優勝することができました。来月行われる1部の六位の大学との試合に勝てば、男子サーブル初の1部昇格が決まります。今まで、何十年とあるフェンシング部の歴史の中で、初めて1部に昇格できるチャンスを自分自身が出場して獲得できたことが何よりうれしかったです。そして、今まで私自身、フェンシングを主に個人競技としてとらえていましたが、今回のリーグ戦で初めて団体戦のよさ、喜びを分け合う仲間がいることのすばらしさに気づくことができ、とても感動しました。
以上は、新着順21番目から30番目までの記事です。
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