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「じゅん文学」98号(名古屋市)その1 新しい抒情の秀作は、池戸豊次「詩歴」野に遺賢ありの感強くした

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2019年 1月17日(木)20時20分27秒
返信・引用 編集済
  ・池戸豊次「詩歴」は、十六歳の主人公の高校生の<彼>から、大学生になり
地方新聞に勤める社会人となっていく一人の青年の成長の姿を、
静かな抒情的な文体で淡々と紡いでいく作品なのだが、
近年まれな初々しい繊細な詩情に満ちた秀作になっているのを読んで眠気が醒め
座り直して読みついでいたものであった。

・別に目新しい文体とか、奇想天外な筋書きとか言うのではなく、
言わば、何よりも川面の細波を眺めるような
清冽な日本語の文体の作品である不思議さに、
ちょっと戸惑い、考え込んでしまったことであった。
しかも、行を振り返って読み返すどの行も、
こちらの心を洗い流すような抒情、しかもその練られた繊細な描写の抒情は、
付き合っていた女の子が亡くなる場面や、
その子を追憶する青年の心象風景も、決して感傷的には描かれず、
さりとて冷たい抒情というのではなく、
まるで影絵のようなナチュラルなイメージはシュールではない
手堅いリアルでありながら、霧が湧き出るような抒情、
つまり幻想的という奇妙な抒情であるところが新鮮で目新しいのである。

・また、1、2、3と青年の成長につれ区切った章句の出だしに、
詩情豊かな素晴らしい短詩を引用して置いている構成が、
心憎いほどの効果を上げており、
この作者は只者ではないな、と思ったものである。

・40数枚の短編なのだが、新しいとか、旧いとかの感想を超越した
抒情は、リアルでありながら夢幻的であり、その上理知的であることに感銘した。
久しぶりに新しい抒情の次元を読んだ気がした秀作である。

・比喩的に言えば、あたかも平成の堀辰雄、あるいは、
ライナー・マリア・リルケの「マルテの手記」を小説にしたような
文脈をたどる語感を所有しており、譬えれば、
ドイツ抒情詩的資質の感覚を持つ作家だろう。
一読、すっかり虜になってしまった。まだまだ野に遺賢ありの感を強くした。

  郵便ー463-0003  名古屋市守山区下志段味字西の原897

      「じゅん文学の会」戸田鎮子方
         電話ー052-718-1493

http://6928.teacup.com/377612377612/bbs

 
 

トランプ政権の好景気の秘密は大減税政策だ 大減税こそデフレ脱却の秘密兵器だ 安倍政権は見習え

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2019年 1月16日(水)19時29分44秒
返信・引用 編集済
  ・アメリカが好景気にわいている。それは、史上最高の株価の高騰
そして、何よりも減税効果だ。相続税はゼロにし、法人税は21パに下げ、
児童手当、扶養者控除を倍にした。これで低所得者、中間層にも恩恵、
では、その金はどこから持って来るのか。
景気回復で入る税金増で手当てするという。
では、インフレ‐の心配は?と気になるが。
トランプ政権は突っ走る。

・それに比べて、日本の安倍政権はみみっちく消費税の増税を目論んでいる。
これでは、長期にわたり苦しんでいるデフレ脱却はできないだろう。
安倍政権はトランプを見習ってほしい。

・トランプは軍事費も大きく増額しようとしている。
老朽化したインフラの高速道路、鉄道、橋脚を一新する大計画で
公共投資の大投資をぶち上げている。財源はあるのか?。
これらの財源も、積極的な景気刺激策で税金収入を見込んで対応しようとしている。
みみっちい増税で財源を確保する日本のような消極戦略はとらない。

・トランプ人気は、好景気招来の賜物なのだ。

それに比べ安倍政権の財務省はどうだ。トランプ政権を見習ってほしい。
デフレ脱却は、大減税と公共投資の大幅増額だ。景気浮揚により
税収増で財源は確保できる。

オリンピック関連の公共投資が終わったら一挙に不況風が吹き寄せる。
その前に、扶養手当倍増、低所得者の給付金、相続税ゼロ、大学生授業ゼロ、
子ども手当の倍増、幼稚園・保育園無料、幼稚園・保育園の職員の給料倍増など
少子化政策を大胆に実施してほしい。それによって、
女性の労働力が生まれ、労働力不足も緩和されるし消費も増大する。
そして、デフレ脱却も可能になる。

老朽化したインフラの道路、橋脚、港湾など
公共投資で整備する大投資計画に着手してほしい。
そうすれば好況は持続する。労働者不足対応の移民受け入れ策の再考。

今のような引き締め策だけではデフレ対策にはならないだろう。
景気の持続こそが税金の収入アップにつながる。
とにかく、デフレ脱却の大手術をしてほしい。
チビチビと手当てするのではなく、ドーンとデフレ引力圏脱出の
高性能ロケットを打ち上げてほしい。


 ・高性能ロケット打ち上げ期待するデフレ飲料脱却のために  石塚 邦男

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提言・・近代文学におけるエスタブリッシュメント(定説)を見直せ

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2019年 1月16日(水)10時15分39秒
返信・引用 編集済
  ・近代文学のエスタブリッシュメントの教科書的解釈を
見直す時期に入っているのではないか。
というのは、日本の近代文学の定説となっている解釈(エスタブリッシュメント)
は、戦後文学全盛期に確立されたもので、今や戦後も戦後、
時代は昭和、平成を経て新たな新元号の時代に突入しようとしているときに、
なぜ、近代文学の系譜を見直す試みがないのか。
戦後文学時代に確立したエスタブリッシュメントを洗い直す作業を
しようとはしないのか。

・「群系」という文芸評論中心の同人雑誌を毎号読んできたなかで、
そんな疑問を感じていらいらしていたものだが、
この雑誌では、毎号、従来の定説的分類にそって
文学史的区分けをして特集などを組んでいるのだが、
その特集の方法論があまりにも画一的なことに疑問を持ってきたからである。

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中国の同化政策の凄まじさ

 投稿者:根保孝・石塚邦男  投稿日:2019年 1月15日(火)12時48分14秒
返信・引用 編集済
  中国の同化政策は地球規模で凄まじく進められている。アジア、アフリカ、中南米から欧米各地の主要都市にまで、中国人のコロニ-を作って、住み着くありさま。金にあかせて土地や建物を買い占め、大挙して移住、住み着く。

 中国の周辺国を占拠して同化政策を強引に進め、中国化を企て、地域の文化を抹殺してはばからない。欧米各地にコロニ-を作って中国文化を根付かせ、地区を支配している。一帯一路計画とは、地球規模の中国支配だろう。

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週末に旭川の「ときわ短歌」新年会

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2019年 1月15日(火)09時24分15秒
返信・引用 編集済
  土曜日に旭川出張です。旭川の短歌誌「ときわ短歌」の選者やってまして、
新年会はどうあっても行かねばならず、会員も待っていることで、
この欄の書き込みもお留守になります。

手元に数冊の同人雑誌がたまってますが、帰ってからの感想書き込みになりそうです。
苫小牧はまた雪が少し降り、空気が澄んでます。
冬の寒さ、昔から好きですね。
着ぶくれて冷気のなかを歩くと、身が引き締まっていいです。
旭川は丈余の雪かさがあるでしょう。
雪景色が楽しみです。

  ・身を薙ぎて過ぎし一陣の風さへも過ぎし日連れて雪煙巻く 石塚 邦男

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文学賞と選考委員の関係と作者と読者との関係と

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2019年 1月14日(月)17時46分29秒
返信・引用 編集済
  ・言葉とは抽象性が強いので、人によって使い方、受け取り方の強弱が異なる。
ひとつの言葉に大きく反応する人が居るかと思えば、まったく気にしない人も居て
同じ言葉でも、人によって使い方も受け取り方も微妙に違う。

ゆえに、小説の言葉遣いも作家によって微妙にニュアンスが異なるのだが、
読み手の受け止め方もニュアンスが違い、作者の意図と読者の意図が
微妙に異なることがあるものだ。

読み手が一般読者ならいいが、文学賞の選考委員である場合、
作者の意図が正確に伝わらないと作者が認められないことになるのでやっかいだ。

作者と読者の年齢差があるとき、時代の影響を受けている両者のズレは大きいだろう。
であるから、作者は選考委員の顔ぶれを見て作品に変化をつける企みを行うのも
戦略のひとつであろう。

時代時代で流行した書き方があるもので、文学賞の競作の場では、
一時代前なら当確なのに、今では旧い作品と見られて顧みられないということがある。
純文学の文学賞の場で、アミューズメント風の作品を持ち込んでも、
まったく通じないということがあるし、
アミューズメントの文学賞の場に、純文学風の作品を持ち込んでも無視されよう。

注意すべきは、落選したからといってがっかりしないことである。
「この場は俺の作風が合わなかった」くらいに思えばいい。
佳い作品でも、その場に合わない場合がままあるからだ。

  ・深入りをせぬと心に決めし日もありたり文の険しき道に  石塚 邦男

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「海」第二期21号(九州太宰府市)その3 フランスの心理小説の色合いは、牧草泉「姉と僕の関係」

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2019年 1月13日(日)23時28分27秒
返信・引用 編集済
  ・何と何と、日曜日のせいか、今日のアクセスはないことに100の大台を大きく突破、
120台に乗せました。コレ何かの間違いじゃないの?
だって、読む魅力あるようなこと書いてないのに。
何せ、ほとんど私一人っきりの「同人雑誌の読みとり感想」ばかりを
書き連ねている面白くもない欄ですからね。

アクセスして下さる読者に申し訳ない貧相な欄ですから・・恐縮です。
思いつくまま短歌五首。

  ・よみがへり来るやすらぎよ雪道の凍てたる途に聴く子守歌  石塚 邦男

  ・人間の律みだれなき日本の平和今年もつづけと祈る

  ・学半ば故郷に居て1年の後上京せし日も雪積む日なるよ

  ・街灯り目に追ひ歩む雪道の優しきわが街の匂ひす

  ・両の手を小さく広げる幼子を抱へ上げゐる若き母親


「海」の作品評の続編を。

・牧草泉「姉と僕の関係」は、姉と弟の<僕>との心の触れあいを
会話体のモノローグ形式で呼びかける手法で書き進む文体が柔らか。

文学、特に詩が好きな<僕>が法律を学ぶ姉に自分を
理解してほしいと語りかけるモノローグの内容なのだが、
僕にうんざりしている姉に金を無心したり、
姉に半ば甘えながら語りかけるほろ苦い微妙な姉弟の関係を
浮き彫りにしている心理の陰影は、
そこはかとなく読ませる力がある。

二十数枚の短編ながら、喩えれば、フランスの心理小説を読むような魅力を持っている。
この作者、小説のなかで理屈を説くところがままあったが、
今回の作品は、それが少なくなっていて、
柔らかな描写の小説色が強まっているのがいい。
論理や理屈に走る記述が多いと、
小説の味が狭まり苦くなるもの。

もちろん、思想小説であれば論理に走っても
理屈をこねてもかまわないないが。エッセイ風の硬さが出ては
小説としての感興を損ねがち。
エッセイ畑の作者だと、筆がいつのまにか論理に走りがちなので
小説の流れを渋滞させないよう要注意である。

小説や詩は、理屈で書くよりもイメージや映像的な喩法で書くと成功するものだ。
埴谷雄高やドストエフスキーの作品でも、論理的理屈の畳みかけよりも
イメージや喩法でつなぐ場面構成、心理描写が多いものである。
平たく言えば、複雑なものは素朴に、単純なものは複雑に描写するよう
心がけると、作品に柔らかな立体感がでてくるものである。

注文を言えば、題名が平凡で面白くない。もっと読者を魅了する
とっておきのものを用意しないと。ぶっきら棒では興覚めする。
題名は作者のセンスが問われるもの。


  ・見上ぐれば天めぐりゆく雪雲の切なく寒し野末の果ても  石塚 邦男

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「海」第二期21号(九州太宰府市)その2 新しいアンチ・ロマンの感性を開拓した高岡啓次郎「パレイドリア」の文体と構成の新鮮な挑戦

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2019年 1月13日(日)18時52分44秒
返信・引用 編集済
  ・現代小説は、すべて一種の心理小説とでも言えるだろう。
人間の心の有り様こそ、もっとも神秘で不可解なものであり、
現代科学や医学の公式では測れない神秘の領域ともいえる。
現代小説は、この未知の分野に分け入るものとして読まれてもいる。

・いわゆるサイコロジーは、現代小説のもっとも重要な領域であろう。
精神病理学的観方を小説に持ち込んで推理小説、猟奇的小説、SF小説など
広く応用されて書かれているのが流行っているが、細分化して眺めれば、
人間の心理的多様性は、病理にかかわらず、普通の健常者においても
測り知れない多様性をもって現れる。

・今回の高岡啓次郎の小説「パレイドリア」も、精神的特異な体質を持つ
主人公を設定しているにせよ、これは一般人だれしもが程度の差こそあれ
所有している病理でもあるところが、
現代の普通人にも予想される変異であり、
その意味でも新しい小説の開拓を意欲した作者の姿勢が
見える作品であった。
前置きが長くなったが、本論に入る。

・・高岡啓次郎「パレイドリア」は、
「ある日とつぜん声を失っていた。それはなぜかは解らない」
こういう鮮烈なイントロで始まる作品なのだが、
題名の脇に私の好きな詩人の石原吉郎の詩「葬式列車」の詩作品が
引用されていたので、なおも鮮烈な暗喩で読める佳作に仕上がった。

・文体もハードボイルド手法の単文中心の色合いが小気味よく成功している。
この作者にしては珍しい構成、文体の実験手法を前面に押し出した
アンチ・ロマン風の味付け。

・前半は、主人公の女性<私>の病状に戸惑う心理描写、出かけようと外に出て
「パレイドリア号」という電車に乗る。電車の中の乗車客の描写、意識の混在
などの夢幻的な描写がいい。父の再婚、母の死などの回想などが描写されるのだが、
アルベール・カミュとかフランツ・カフカ風の心象風景、心理描写に味がある作り。

・鬱病と拒食症から救ってくれた陶芸家の思い出、古典の会場に出向く<私>。
墓を覗き込んだ私は、そこにきざまれた文字を読んで愕然とする。
<私>は怒涛の渦に巻き込まれ、必死に叫ぶ「お母さん」
<私>は母の胎内から生まれようとしていることを感じる・・・
というような作品なのだが、
アンチ・ロマンのメルヘンとして文体と構成に新しい感性を開拓した作品である。

・この作者、長編を書いて筋書きで読ませることを中心にしてきたせいか、
文体や構成のひねり技の妙を発揮できず、推理的アミューズメント風作品
の多作に陥っていたが、
ここへ来て短編構成の高度なテクニックに挑戦、成功したようだ。
すなわち、小説というものは多彩な入口と出口を持つことを知って来たようだ。
この小説、早川書房の「月刊SF」に掲載水準作でプロ級の出来。

・欲を言えば、エピローグ二枚ほどを純文学に仕立てたい。このままだと母の胎内から生まれる比喩的暗示はSF的に過ぎるアミューズメント(娯楽小説)の色合いと見られて純文学の競作の場では損をする。これを純文学作品に仕上げる戦略もあっていい。エピローグは断定的な風景にせず、ああもとれる、こうも解釈できるという<ぼかし>の手法を採るのも一案である。
 いずれにしても、最後のエピローグは、やはり純文学風にしないと。単なるSF的幻想小説と見られたり、あるいは、宗教的な生命の此岸と彼岸のハッキリ分かる結末として読まれて、作品の面白さや深さが限定されて観られる。

・そういうことでは「文学界」「群像」「文芸」などの新人賞は難しくなるだろう。
やはり、一作をものにする限りは、勝負の場所をわきまえて
戦略を練って作品に向かうことが必要だろう。

・三島由紀夫は、自分が生まれた瞬間を覚えていると、どこかで書いていたが、
ま、着想は色々あっていい。しかし、着想も大事だが、
どのような文体を選択するかも大切だ。
一番留意すべきなのは、イントロのイメージだろう。

どんな読者も出だしは読む。最初の二、三枚が面白くなくては、
次ぎを読まないものだ。この作品はイントロは成功している。


 ・生(あ)れいづる己を知りし三島由紀夫の告白かくやと読み終へたりき
                        石塚 邦男

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「風の道」10号(東京都)その3 自由な筆筋を楽しむ随想、随筆の味 

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2019年 1月13日(日)17時49分4秒
返信・引用 編集済
  ・大森盛和「狸蜂庵日乗ーミクロコスモスの世界」は、
私小説的随筆とでもいう形式。日本の古典に当てはめれば、
清少納言の「枕草子」鴨長明の「方丈記」吉田兼好の「徒然草」みたいなものに、
モンテニューやベーコンの随想的なものの味を加味、
プラス私小説風な形をとったもの。

自然郷の日常の出来事をつづる内容なのだが、
項目を設定して筆のおもむくまま書き進む自然体のおおらかな筆筋が味になっている。

・敷香高子「夏みかん」は、夫と同じ楽団に所属していた戸川さんが
ついに亡くなったと娘さんから封筒の手紙が届いた。
その戸川さんの思い出話であるが、10数枚の私小説的作品には
一期一会の人生の味がしみじみと描かれている。

・荻野央「天満ー第二話」は、単身赴任の大阪で魅力的な天満界隈の町を知った
作者が、半生を振り返りながら、町の魅力を紹介方々人生を考えるという
私小説的作品で前号に続いて随想の味がしみじみと読者の心にしみる掌編。

・澤田繁晴「澤田家の秘密④‐歌詞六篇」は、これも私小説的随想の味で、
「霊界通信」「連句の世界」などと章を区切った構成であるが、「日本人チェーホフ」
の章にレイモンド・カーヴァーが書いたチェーホフの最期を書いた「使い走り」
を取り上げた文章、「相撲甚句」の章の甚句紹介の章が印象的であった。
小説と限定せず、このような自由な筆筋を楽しむ随想も掲載することがあっていい。

   ・チェ‐ホフの樺太日記読みし日もありたる青年時代の日々に  石塚 邦男

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ボロッちい姿で買い物に行ったら

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2019年 1月13日(日)16時57分28秒
返信・引用 編集済
  ・ボロッちい姿で閉店間際の大型店に入って買い物の物色をしていたら、
胡散臭いくすね男と間違えられて・・・という出だしの小説を書いてみようと。
というのも、「札幌文学」の編集スタップが高齢化で居なくなるので、
一時休刊することになるので、最後の号に一編書き残そうと企んでいる。

その作品の構想である。

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病んでいるアメリカ

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2019年 1月13日(日)12時43分37秒
返信・引用 編集済
  ・アメリカの殺人事件で死んだ被害者は年間一万六千人。
日本は三百三十人である。アメリカの人口は日本の約三倍だから、
日本並みの被害者数だと約千人になるはずだが、
実際は日本の十六倍の被害者数の割合になろう。

・日本は安全な国、と言われるのも、この数の比較でも納得である。
世界一進んでいるはずの<自由の国>アメリカなのにこの数字である。
アメリカは病んでいる。不法入国者に神経質になるのも無理はない。

・日本の<移民法>これから法体系も整ってくるにしても、
安全な国が変質するのではないかと心配する人の気持ちも分からないではない。

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中国の民主化はいつだ

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2019年 1月12日(土)17時46分35秒
返信・引用 編集済
  ・中国は、このまま行けば、2050年にはアメリカが三つほどの巨大生産国に成長するはずだ。
その時の政治体制、統治体制はどうなっているのか。
現在の一党独裁の中国語に統一された資本主義の体制のまま巨大国になるのか。
または、欧州連合国のような、多国共同自由主義連合国に変身するのか。
あるいは、民族国家乱立の分裂国家に分かれるのか。

・いずれにしても、中国語中心の巨大国家が一時的にせよ誕生、
拡大することは目に見えている。
現在の中国は、中国語文化圏を拡大する一党独裁の共産主義的帝国を
周辺諸国からアフリカ、南アメリカ諸国にまで拡大する植民地政策を
推進している実体だ。

・この中国的帝国主義の植民地政策がいつまで通用するか見ものだ。
これを腕をこまねいて見ていていいのか。
中国が民主国家へ平和的に移行していくなら問題はないが、
今のような共産主義的独裁国家による植民地政策がつづくなら、大変なことだ。

・地域の文化を根こそぎ中国語文化に塗り替える植民地化を進めて行くならば、
これは許しがたいことだ。


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正しい故に不合理だった保田輿重郎の思想

 投稿者:根保孝・石塚邦男  投稿日:2019年 1月 9日(水)15時47分2秒
返信・引用 編集済
  ・かつて「不合理ゆえに我信ず」なんて言った批評家が
いたが、保田の思想も、これに類いしたものであったかもしれない・・。

・保田輿重郎の時代思想は、日本的しかも陰湿な地霊の声のごときもので、旧い神社の先祖代々からの神主の祝詞みたいなものでした。当時の時代思想からいって若い世代に大いに受ける魅力的なものに見えたでしょうね。

・でも、官憲に警戒された。人気者になると警戒される。何をしでかすか、何を言いだすか、また人気者を利用する者も出てくるかもしれない・・・と監視されることになった。彼は時代に受けいれられたが、為政者には胡散臭い存在に見えたろう。

・すなわち、〈正しい故に不合理〉な存在だったのだ。ま、新興宗教の教祖みたいな扱いを受けて見られた、ということだろう。

・例えば今、突然、中国と戦争になったとしたら、我々は反戦を大声で叫ぶことができるか。
日本頑張れなんて、小幡を振って行進したい気持ちになるかもしれないのだ。ま、愛国心なんてそんな単純な感情的なものなのだ。

・戦いが始まれば、良い悪いはそっちのけで母国の勝利を盲目的に応援したくなるもの。民族のDNAがなせるわざか。あるいは、野球、サッカーの贔屓チ-ムを応援するような軽い乗りにさえなるものだ。感情的な衝動だろう。ここには知識人の理性は麻痺した感情の高まりがあるだけだ。

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またまた野暮用で・・文学不毛時代の急速な蔓延

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2019年 1月 8日(火)22時01分12秒
返信・引用 編集済
  また、しばらく野暮用がはいり、
同人雑誌を読む時間減りそうです。

いや、読むのはいいのですが、
感想書き込みの時間がなくなりそうで・・

また2、3の新しい雑誌届いてまして、
申し訳けありません。そのうち・・・。

・戦後の民主主義の復活は、進駐軍によってもたらされたものであったにせよ、
文学の自由研究がさかんになり、言論界も活性化して
多様な文学のインフレーション(拡大)時代を呼び込むことになった。

だが、現在は、文学のデフレーション(縮小)時代である。
それは、表現の多元化によるエネルギーの霧散状況を作り出したことによる。
インターネットの掲示板、フェースブックの書き込み、
携帯電話の多様化によって、表現や伝達手段が多岐に拡散したことによる。
文学表現の分野は、質的、量的変化の時代に直面したことで、
文学作品不毛時代が訪れたということであろう。

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全共闘世代の父親は戦中世代

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2019年 1月 8日(火)21時53分29秒
返信・引用 編集済
  ・そうですね。全共闘世代の父親は、ほぼ復員兵だったんですね。
父母の体験を聴かされた世代ですから、戦争に対する考え方は
複雑でしたでしょうね。

われわれ60年安保世代は、一回り上ですから、父親は明治生まれ。
父親は後方支援の海岸線の守りの塹壕掘りに動員された程度でしたが、
軍に居た者は数少ない高級将校クラス。

幸い、私の父は一般人でしたので戦死はまぬがれてますが・・。
中国、韓国に対する感情の向き合い方も、世代によってかなり違ってきますし。

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「群系」41号(東京都)その3 草原克芳「異端としての保田與重郎論」その2 近代文学の特異点に肉薄

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2019年 1月 8日(火)11時13分22秒
返信・引用 編集済
  ・保田與重郎の滅びの美学、言霊的言辞は
前途に死しか選択肢のない青年兵士や学徒らに熱狂的に読まれ、
ついには文学的予言者の言動を大っぴらにしていくに及び、
軍部は警戒するようになる。なぜなら、聖戦は敗北してはならず、
勝たねばならないからだ。勝たねばならぬ聖戦のさなか、
民族に滅びの美学を説く思想は受け入れてはならないからだ。
日本精神に深入りしそれを賛美する保田の思想は
<正しいゆえに>受け入れてはならない危険思想とみなされた。
保田與重郎は官憲の厳しい監視下に置かれたのは皮肉であった。

>保田與重郎は、予言者・預言者めいた暗示的で、壮重で思わせぶりな
 レトリックを好む。巫的、シャーマン的言葉で、天の心理や摂理を
 世俗社会に通達する。詩人・文芸評論家の保田與重郎は、この二つの
 役割をこなしてみせた。

・ここで草原は、岸信介の「満州は私の作品」の言葉を持ち出して、
保田與重郎の影と重ねて見せる。しかし、保田の思想は
戦地に死を覚悟して臨む青少年に熱狂的に受け入れられはしたが、
官憲には危険思想と映ったのは当然であったろう。
敵と戦って美しく潔く散るのは良いとしても、
絶対勝利をわが手にしなければならない聖戦に、
敗北の思想はあってはならないのだ。

>彼は次第に文学を超えて、日本の歴史学や民族意識のあり方にまで
「言挙げ」するようになっていく。・・・(略)奇怪な歴史の中で、
 保田の私的内界と国家的現実とは、いまや相思相愛の蜜月関係となった。
 ・・(略)保田はほんらい、言霊の専門家であり、その力を信じていたはずだ。

・しかし、保田はその巫的予言者と見られたゆえに、軍部から警戒され監視
されるようになる。人気者は警戒された上、勝たねばならぬ聖戦のときに、
滅びの文学は邪魔になるだけだからだ。

・かくして草原は結論づける。

>こう見てくると、保田與重郎という分かりにくい文人の輪郭が、
 多少なりとも見えてきたような気がする。‥(略)
 保田與重郎の「死/美/虚無」の問題とは、われわれ日本人全体の
 魂の問題でもある

・草原は「保田與重郎は分かりにくい文人」としていたが、
この論評で読者は「保田文学はきわめて判りやすかった」ことに気づくのである。

・以上、60枚余の力作文芸評論は、<近代文学のブラックホールの特異点>を穿つ文芸評論として、実に面白く読まさせられたものであった。

・日本の近代文学のブラックホール的仕組みを解き明かす鍵は、
意外にも、この政治と文学に橋渡しにされている近代の<事象の地平>を
またぐ文学すなわち、日本人の古層に埋もれた言霊信仰ではないか、という気がする。

・明治以降の日本人の生活の近代化、欧米化に並行して、
日本人の精神性は、風土的古層の影を引き剥がし得ないものとして残り、
それが、近代文学の屹立にまで影を落として払拭しきれずに
新世紀を迎えているのではないか。


  ・言霊の神下ろしせる声を聴く平成今し終へゆかんとす  石塚 邦男

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「群系」41号(東京都)その2 圧巻は草原克芳「異端としての保田與重郎論」 政治と文学、戦争と文学の関係解明への足掛かり

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2019年 1月 7日(月)23時57分4秒
返信・引用 編集済
  ・もしも、政治と文学を並列的に俯瞰して
両者の歴史的傷跡を観ようとする者がいるとしたならば、
これは男性的な読み方というべきものかもしれない。
もしも、この観方を逆に遡行して、後ろから女性的読み方をしていくならば、
歴史的な文学作品の読み方とは、どのようなものに見えるのか、
ふと、そのような観念的な男女における文学作品の<読み方>の性別について
考えたものであった。

・<政治と文学>という設定の仕方は、戦後文学における<近代文学>に対する
反省と悔恨の情念から立ち上がり、自然に想起した類の<命題>であったかもしれない。
しかし、冷静に観るならば、文学は文学であり、政治は政治であって、
両者の交わるところは、<時間軸と空間軸>であったに過ぎないのだが、
なぜ戦後文学は、常に政治と文学、戦争と文学というように
問題を並列して論じなければならなかったのか・・。
あるいは、戦後文学が、戦争と文学という二次方程式で論じなければ
気が済まなかったのか・・・?

・草原克芳の「<異端>としての保田與重郎ー日本浪漫派とイロニッシュな戦争」を読んで
以上のような感慨が胸に兆したものであったが、それはさておき、
今号の「群系誌」において、もっとも刺激的であった評論は、
この草原克芳の作品であることに読者も異存はないだろう。

・草原論文の卓越しているところは、
日本浪漫派の文学から定点観測しながら切り込んで、
日本の近代文学全体のブラックホールの仕組みを俯瞰する広い視野を常に忘れず、
しかも保田與重郎という特異点を定点観測している思考の在り方であろうか。

・草原は、本論に入る前書きとして「保田與重郎についての幾つかの疑問符」という
一項を設けて次のように言う。

>戦時中に保田與重郎の著作を抱えて、多くの青年たちが死地に赴いたーと
まことしやかに語られている。・・・略・・・ところが、エッセイ、論文に
目を通しても、アクチュアルに戦争そのものに関わったという痕跡が見当たらない。
・・かつての心酔者、愛読者であった者の激烈な憎悪や怨恨が伝わってこない。

 このように書いた後、草原は、かの有名な「文学界」グループが主宰した
昭和十七年の「近代の超克座談会」に触れていく。この座談会で当初出席予定
であった保田與重郎が約束しながらドタキャンし、
代わりに亀井勝一郎が参加したが、
浪漫派の巨匠と目されていた保田の不参加によって、
当時の日本人の集合意識の在り様が把握しにくくなってしまった、とする
草原説は、今ではほぼ定説的な観方とされているようである。

・では、当時の戦中派青少年世代をもっとも魅了していたと言われる保田與重郎の
思想と文学はどのようなものであったのか、と草原はその疑問符に
自ら身を投じて解明に乗り出したのが、本稿の全体像であろうか。
そして、そのゆえにこそ、現代からすれば不可思議に見える
当時の時代背景における保田與重郎の得体の知れない魅力の意味合いに
レンズを絞って定点観測を試みたのが、この草原論考の価値でもあろうか。

・<日本の近代文学>の魅力は、譬えれば、高密度でかつ大質量のブラックホール
の組成のごときものを観測する魅力だろう。
宇宙における実際のブラックホールは、直接観測不可能な事象であるが、
われわれは<近代文学>のブラックホールの相貌を、
今現在から過去へ向かって観測できる場に立っており、
われわれ観察者は、事象の地平を超えてその本質に潜り込むことができるのだ。

・あたかもわれわれ観測者からは、ブラックホールの<事象の地平>に落ち込んでいく
物体を観る如く<近代文学>の全体を見渡せることが可能で、
その位置に、今現在、われわれが居ることの幸せを思わねばならないだろう。

  ・浪漫の思想をたどる途はるかわが日本の心に至る  石塚 邦男

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「風の道」10号(東京都)その2 吉田慈平「鬼の住む世界」の哲学的やりとりの面白さ、小川原健太「となりの男」の何気なく歴史の闇を穿つ作品の味

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2019年 1月 2日(水)14時03分0秒
返信・引用 編集済
  ・吉田慈平「鬼の住む世界」は、此岸と彼岸の三途の川を渡る人間と鬼たちの
滑稽ないざこざ、という設定の半ば哲学的なやりとりと渡し守に支払うお足代の話。
シニカルでニヒルな人間たちと鬼たちが、渡し場で皮肉を言いあうのだが、
ここに美人の女性も登壇して人間臭いやりとりになるところが愉快。
なかなか達者な素人離れした筆筋の作者である。
つげ忠男の漫画のようなシュールな甘い魅力を感じる感性である。

・小川原健太「となりの男」は、高齢者の運転免許証更新時の
認知機能検査に来た者たちの振る舞い、言動を借りて
人生模様を映し出すなかなか味のある作品。
作者がそこで知り合った中国人残留孤児の男との身の上話が
この作品の核になっており、読ませた。

戦時中に母方の「満州伯父さん」が居て、ソ連に抑留されて帰国、
中国人の女との間に女の子がいた話を耳にしていたので、
「となりの男」に特別関心があったことなどの話がはさまり、
歴史の闇は深いものがあることを考えさせられた。

この人の作品は、登場人物がみな真面目で堅物であることだろう。
ハチャメチャな副登場人物なりハチャメチャな女性がちらり登壇すると
作品にもう少し魅力ある立体感が出てくるように思うのだが、
それは読者としての好みに過ぎず、この生真面目さの色合いが
この人の個性だとすれば、それも宜うことができるか。

  ・満蒙の草原はるか見はるかすわが伯父もゐて抑留されし日

 郵便ー116-0003

      東京都荒川区南千住8-3-1-1105 吉田慈平方

       電話ー03-3806-4715

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「アピ」9号(茨木県笠間市) 

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2019年 1月 2日(水)12時55分28秒
返信・引用 編集済
  ・さら みずえ「エルムの丘へ」は、戦地で俘囚になって
脱走した体験の負い目のある康治は、
復員後に一時漁師の見習いをしていた港町で一緒になった妻の美津子には
俘囚になったいきさつを話したことはない。
夫婦は、景気の良い北海道の炭鉱の町に来て、康治は工夫になる。

恩人の葬儀に出た帰りの汽車の中で
占い師の老人に「東にあなたを待っている土地がある」と言われ、
炭鉱長屋に帰ってきてから、その言葉が奇妙に心に残った。
ある日、俘囚時代の上官に偶然会い、嫌な思いが蘇り、
炭鉱町を離れて農業をやろうと決意し、十勝に移住することを決意する。

戦地で俘囚になった負い目を背負った男と妻の半生である。

・友修二「文通」は、二十歳のころ新宿の四畳という
中途半端な部屋に住んでいた宏が雑誌の文通欄で知り合った
女性との文通の話である。

・宇高光夫「はるかな想い」は、学生時代から山登りの好きな美里の
山登りの男友達との数々の交友と離婚、女手の子育てなどの女の半生記。

・西田信博「混沌の地平線」は、無口な妻が結婚2年目に
突然、海外留学したいと言い出し、国費留学し、それを足掛かりに
旅行会社に就職し・・という活発な妻と冴えない夫の対比が面白い。

  郵便ー茨城県笠間市平町1884ー190 田中修方

      電話ー0296-78-3139

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塚田吉昭さんの住所

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2019年 1月 2日(水)05時59分13秒
返信・引用 編集済
  小川原健太さん、お久しぶりです。
若い世代で交流、互いに刺激を受けあってください。

・・塚田さんの住所を以下に。

 郵便ー142-0042  電話fax-03-6318-2815

     東京都品川区豊町6-6-17  塚田 吉昭

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塚田吉昭様

 投稿者:小川原健太  投稿日:2019年 1月 2日(水)03時35分27秒
返信・引用
  「風の道」同人の小川原健太と申します。貴兄とは直接の面識はありませんが、昨年、もう一昨年か「カプリチオ」の掲示板で、「名越切通」の感想を書きました。ひとの作品をだしに自分語りをしてしまう癖があって、掲示板小説の作者からは反応が全然ありませんでしたが、貴兄からは丁寧な謝辞があってほっとしたのを憶えています。いま「名越切通」のストリーの詳細は思い出せないが、切通しのこっちの世界とあっちの世界、切通しの上空にカラスが舞い、美味しいが得体の知れない肉(人肉?)を食う(食わされる)不気味な話だったような印象がある。
 今回、根保さんが「過ぎ去りし われらが二人の冬の砦」を論じておられましたが、私もぜひ拝読したく、本欄を借りて、雑誌の交換を呼びかける次第です。根保さんあて前文でも書いたように、私は「満州」や「中国残留孤児」、「三里塚闘争」に取材した小説らしきものを書きましたが、まだ触れていないのが全共闘、連合赤軍など。この年末は永田洋子の『十六の墓標』(上、下、続)をずーと読んでいました。12人の同志を総括死、殺害した女の手記を、正月目前にして読み続けるのも、かなりの神経的に負担のかかるものだったが、なまじ小説よりすごかった。あの時代を作品化するとして、永田をモデルに想定して、1つ2つのエピソードを書くくらいしかイメージが浮かばない。いまさら全共闘の問題など書く意味、取り上げ方などまったく膨らまない。そこへ貴兄の作品をしって、なにやらかなり捻りに捻った、面白い着想のように想像して是非読みたくなったもの。根保さんによると「されど我らが日々ー」にも掛けてあるような意味深とのこと。あの作品、高橋和巳に読みふけった世代の私としては、貴兄がどういう取り上げ方をしてるか、「父」と息子の「嫁」としているようだが、貴兄の年代では「父」より「兄」ではないか。しかし「兄」と弟の「嫁」では、話が生々しくなるななどなど興味津々。
 「カプリチオ」とは較べようもないが、せめて私どもの「風の道」を送らせていただきます。ご了承いただければ本板にてご連絡下さい。すぐ発送します。
 

あけましておめでとうございます

 投稿者:小川原健太  投稿日:2019年 1月 2日(水)02時29分3秒
返信・引用
  根保孝栄様

「風の道」の小川原です。あけましておめでとうございます。
「風の道」では、さっそく間島康子の作品を採りあげていただきありがとうございます。本年もご贔屓のほどよろしくお願い申し上げます。
 本掲示板での年頭の所感(?)の中国の脅威、文芸掲示板での中国人による北海道の土地の買占めに対する危機感にはまったく同感です。かつてニセコで遊んだときすでにその話を聞いたが、あれから何十年?北海道で造園業を営む弟からもいろんな話を聞いているので、ほんとうに大丈夫かなと。それにしても中国の底力はすごいですね。得体の知れない感じです。
 満州に取材した小説をいくつか書き、今度の「となりの男」では、残留孤児に触れた。「祖国日本」と必死のおもいで帰国した日本に「祖国」はなかった。いま心の「故郷」はむしろ中国であるという。中国に「満州」を建国した当時の日本のエネルギーもすさまじいが結局排除された。多大な死傷者を出しながらた10年に及ぶ文化大革命を持続したエネルギーなど日本人には太刀打ちできないものを感じる。

 寒波だ猛吹雪だとこのところ天気は厳しいようですが、苫小牧はどうですか。日本海側の私の郷里とはちょっと違うのか。天気予報で吹雪の写真がよく出る。カラーがとたんに白黒のモノトーンになる。家人は「ウワー寒そう」と身をすくめるが、「あれが当たり前だ」と、私はむしろ懐かしい。とはいえやっぱり寒そうではあるな。根保様にはくれぐれもご自愛下さい。

 あと一点お願い。「カプリチオ」の塚田吉昭の「過ぎ去りし われらが二人の冬の砦」を論じておられましたが、塚田氏に連絡をとりたく、この板を借ります。項を改めます。
 

残念ながら、アメリカナンバーワンの時代は終わった

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2019年 1月 1日(火)21時03分41秒
返信・引用 編集済
  米中の覇権争いが熾烈になっている現在、
日本は同盟国アメリカと協調して中国に対抗しているが、
はたして、日本は二十二世紀に向けて一流国の看板を保てるのか・・。

しかし、現実はアメリカを追い上げる中国の勢いは止めることができないだろう。
過去、中国の眠れる獅子は欧米の覇権に屈し、
以後オランダ、スペイン、ポルトガルの覇権からイギリスの覇権にかわり、
第二次世界大戦後、アメリカの覇権が長く続いた。
しかし、アメリカの覇権は一世紀続かず、
今、中国は再び世界の大国として返り咲きを果たそうとしている。

アメリカは、ナンバーワンの地位を保とうと、
追い上げる中国を、かつての日本を潰したように潰そうと懸命だが、
歴史の流れを留めることは難しいだろう。

日本はアメリカと運命共同体の路線を敷いて、
中国の追い上げに対抗しようとしているが、
今後二十年、三十年のスパンで観ると、
中国の驚異的な成長エネルギーを押しとどめようがないだろう。

アメリカナンバーワンの時代は終わろうとしているとき、
日本はこの趨勢にあがらって、アメリカと共に運命を共にするのか・・・。

それにしても、中国の覇権が共産党独裁の体制のままでは、
世界の指導者としての地位に固執すれば、大波乱が二山、三山興りそうである。
日本がアメリカと運命共同体のまま突き進むとしたら、
難しい局面に巻き込まれることは必至だろう。

日本は厳しい選択を迫られつつ今世紀後半を迎えることになる。
今、中国が最大の大国としてリバイバルを果たそうとしているとき
日米同盟の枠組みにとらわれている日本の進路を憂うるのである。

中国は日の出の勢いとは言え、現在米国の経済的圧力に苦戦している。
出る釘は打たれるのだが、十四億人の人口を擁しつつ貧富の差の矛盾を抱えながら
怒涛の成長を遂げる道を突き進んでいる。
ここしばらくはアメリカの経済的圧力に苦しむだろうが、
がむしゃらな成長路線を今後も突っ走るだろう。

日本は米中の覇権争いに巻き込まれず独自路線を見出せるのか。
日米安保に縛られた日本の行く末はますます厳しいものになりそうだ。


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おめでとうございます

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2019年 1月 1日(火)10時50分55秒
返信・引用
  今年もご贔屓ください。
波乱の幕開けですが、とりあえずは、おめでとうで始めましょう。

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「群系」41号(東京都)その2 市原礼子の三好達治論と間島康子の林芙美子論の戦争協力作家への同情心切々

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2018年12月31日(月)11時32分31秒
返信・引用 編集済
  ・憲法改正か改悪か据え置きか・・こんな論議が姦しい昨今、
戦時文学の総括から出発した「日本の近代文学」再考の狼煙が
大きく立ち上ろうとしている、とする論調の芽生えが、
今回の「群系41号誌」に滲み出ている気がしたのは私だけではないはずだ。
かつて私の師でもある佐々木基一が「戦後文学は幻影だった(か)」と
問いかけたことがあったが、違った意味で「戦後の近代文学考は幻影だったか」の
疑惑の論調が頭をもたげて脳裏にくすぶり、ついには煙を発していく想いがしている。

・市原礼子「愛国詩を書いた詩人 三好達治の場合」を読みながら、
以上のような感興が脳裏をかすめる思いがしたのだが、
果たして筆者の市原礼子は、この稿で戦争協力詩を書いたとして糾弾された三好達治に
いささかの同情心を傾けている色合いを見てとれ、考えさせられたものであった。

・間島康子「林芙美子ー戦いとともに」もまた、新聞社を利用して
のし上がった戦争協力作家と戦後糾弾された林芙美子に
きわめて同情的な筆筋で擁護しているかに読める筆筋であり、
一方の観方をしている読者からは、
従軍ペン部隊の一員として戦地に赴いた林芙美子の振る舞いは許しがたい
戦争協力女流作家と今も見られている現実があるからである。
しかし、間島康子は「林芙美子は、生まれ落ちた時から生と戦いながら生き、
書きながら戦って生きた作家であるように思える」と切なくも擁護するのである。

  ・ペン部隊の一員として従軍せし作家ら戦後に糾弾されり  石塚 邦男

  郵便ー136-0072  東京都江東区大島7-28-1-1336

               永野悟方 群系の会

            電話ー03-3685-3981

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「海」第二期21号(九州太宰府市)その1 ぐれそうになった女の子を持て余す女親たちの戸惑いを描いた佳作は有森信二「白い秋」

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2018年12月31日(月)07時32分43秒
返信・引用 編集済
  九州福岡市を中心にした有力書き手を擁した年二回発刊の同人雑誌。
今号は小説5編を中心に翻訳物、エッセイ、詩作品、俳句と
ジャンル豊かな総合同人雑誌の体裁を強めた内容で、
意欲作に取り組む同人に厚みが加わり、意気盛んな内容。

・有森信二の創作「白い秋」は、この作家には珍しく落ち着いた筆筋で
難しい年頃の娘を預けた方と預けられた姉妹両方の女心、親心を
しっとり描いた作品は、新境地開拓の作品になっていて目を瞠った。

特に町の学校に通い出した娘が急にぐれたようになって
男のところに転がり込んでしまい、大人たちは右往左往する。
その心理描写が女性作家のようによく書かれているのには感心した。

娘を育てたことのある女親たちも、この作品を読んで
感じるところがあるだろう。

 ・早乙女を育みませる母君の心を映す作品読めり   石塚 邦男

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「風の道」10号(東京都)その1 作者思い入れの連載開始は、間島康子「雨女ー一葉の恋 その1」

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2018年12月31日(月)03時47分14秒
返信・引用 編集済
  間島康子「雨女ー一葉の恋 その1」は、樋口一葉の残された日記などを参考にして、
一葉の生い立ちや日常、そして有名な半井桃水との恋などを
小説風に再現しようとしたものか。
樋口一葉というと近代最初の職業作家で、5000円札の肖像としても
一般に知られているが、その作家人生はわずか14か月、24歳6か月という
短い一生であったが、女流作家の草分けとして、
今も女性の文学愛好者の尊敬を集め慕われている女性。

それだけにこの第一回の初稿から、作者の思い入れが
並々ならぬものであることが伝わり、先行きが期待される。

この連載第一回目は、一葉の誕生から幼少期、少女期などの生い立ちを
一葉の口から語らせる手法と、桃水と出会ってからは客観描写手法と
使い分けした描写手法がユニーク。

・一葉は(明治5年ー29年)天才小説家として森鷗外らに絶賛され、
持病の肺結核がなければ、明治を代表する大女流作家になったはずだが、
病気には勝てずわずか24歳6か月の薄命で世を去っている。
しかし、その薄命の生きかたと珠玉の作品は、
今も女性文学愛好者の鏡となっており、日本の近代文学史に
燦然と輝く存在であるだけに、この連載に注目したい。

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「カプリチオ」48号(東京都)その1 塚田吉昭 全共闘闘士の息子の嫁と同居する父親の悲喜劇を描いた異色作「過ぎ去りし われらが二人の冬の砦」

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2018年12月31日(月)02時46分22秒
返信・引用 編集済
  ・この作者の創作集を以前いただいたことがあり、なかなかの才能だな、
創作が好きな作者なんだな、と感じ入ったことがあって、いくつかの作品が
印象に残っていたので、巻頭の作品、さっそく読み始めた。

妻に先立たれた老年のトシオは、旧い「北風荘」に親子ほども歳の離れたハナと住んでいる。
この北風荘がまだ新築のころ妻に死なれて独り身になって引っ越しをしてきたのは大分昔だ。
息子の吹男が学生運動で追われているので、嫁のハナを匿ってくれと言われて預かったのだが。

そんな導入部からして、何か先行きがただならないことになりそうと、
読者は作品の世界に引き込まれていく作りは、この作者の物語作りの才能だろう。
トシオの生活が楽ではないことを知ると,ハナは夜の世界で働くようになる。
教師生活をしてきたトシオは、最初反対したのだが、
夫の吹男の活動資金を稼ぐため働いたことがあり要領を心得ているので
お父さんは心配しないで、というので許すことになった。

もともと夜の世界に合っていたのか、多い時は月百万円以上稼ぐこともあったが、
ハナの日常生活はいたって質素で貯金は貯まる一方であった。
吹男の活動資金を貯めているということだ。

トシオはいつしかハナの帰りを待ちながら深夜放送を聴く男になっていた。
ある夜、ハナは大柄な女に担がれて帰宅した。ないことにハナは酔いつぶれていた。
ハナは息子の嫁だと女に言い訳したが、女は信用しない・・・
というような話なのだが、ちぐはぐな人間模様の滑稽さと哀れが色成して
魅力あるちぐはぐ人間模様がえがかれた異色作である。

題名が柴田翔「されどわれらが日々」にひっかけてあるところが、
この作者の暗喩的自嘲かそれとも・・と意味深であるところがいい。

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「朝まで生テレビ」最近つまらないです・・言論界の危機ですかね

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2018年12月31日(月)01時37分16秒
返信・引用 編集済
  そうです。今年最後の金曜日の観たのですが、
出演者も昔のような新鮮な発想やものの観方がないせいか、つまらないですね。
噛み合わないというか、言葉の裏側に貯めた思想的、体系的な
その人独自の<物の捉え方>がなくて、表面的な事象の解析みたいなことに
終始している感じでね。

それに全体を仕切る司会の田原総一朗は、耳が悪いんでしょうね、
時折、ちんぷんかんぷんになってしまって。
それに、田原は最近の新しい政治的うねりの動向を勉強していないのではないか、
という実感がします。
何かというと昔会った大物政治家のことに言及するだけで。

ゆえに、若い人の新しい世界観や政治的経済的見方や分析の仕方に
ついていけないみたいな・・。もうこの番組はダメですね。
司会者を変えないと。

司会者を変えても、出演者に新味がなくては駄目か・・。
・・というよりも、新しいものの観方、分析をする出演者がいないと。
愚痴話や揚げ足取りの話ばかりで。
このままでは、日本の言論界も世界の潮流においてけぼりになってしまいそうで・・
日本頑張れよな、もう少し・・。

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睡眠と読書と書き物は・・

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2018年12月29日(土)12時46分13秒
返信・引用 編集済
  ・新聞記者生活が長かったので、睡眠は細切れ睡眠ができるようになりました。
記者時代の若いころは、火事だ事故だの毎日ですから、その日は担当でなくても
現場に顔を出さなくては落ち着かな性格なので、ソラッてわけで
真夜中でも現場に駆け付けるわけです。

一件落着の後は帰ってきて寝るのですが、すぐに眠りにつけました。
そんな習慣があるので、今でも細切れ睡眠が身についたままです。

眠くなったら寝る、目覚めたら起き出して読書、書き物をする、という生活です。
ですから、夜中は今でも大抵は起きてます。
日中でも眠くなったら寝る。目覚めたら読書、書き物ですね。
ですから、どこででも時間があれば眠ることができますし、寝つきは早く
目覚めるとすぐに仕事を始めることができます。犬、猫なみですね。

睡眠時間は何時間、なんて考えたことありませんね。
やることがあればやり、眠くなったら寝る、そんな時間の配分です。
細切れ睡眠の役得は、しょっちゅう夢を見ることです。
それもリアルで鮮明な夢が多いのが私の睡眠の特徴ですね。

まるで短編小説、掌編小説のような起承転結です。
多分、細切れ睡眠のせいでしょうか、眠りが浅い醒め際に見るのでしょう。
その夢物語が楽しみで布団に入ってます。

寝るときは、着の着のまま寝ることはありません。
ちゃんと寝巻きに着替えて寝るスタイルです。
起きたら素早くいつもの部屋着に着替えます。
記者時代もいつ起こされてもいいように外出の準備を枕元にした上で寝ます。
着替えが面倒で着ぶくれたまま寝ることはしなかったですね。

なぜなら、薄着で布団に入らないと暑くて熟睡できないたちなので
面倒でも寝巻に着替えるわけです。

眠るという行為は、微妙なもので自分独特のスタイル以外では
ちゃんと眠りにつけないものらしいです。でも、眠ろうとしたら、
バスの中でも列車の中でも、姿勢、スタイルを選ばず眠りに入ることができます。
そういう体質になっているのですね。

寝起きは頭がぼんやりしているようなことは、まずないですね。
眼が醒めた瞬間から全身の活動エネルギーが全開という感じです。
やはり、体質的に異常なのかもしれません。
戦地の兵隊生活を長く体験している者は、
私みたいな動物めいた体質になるみたいです。

ただ、、
寝ている最中、寝言をよく言っているみたいです。
で、私は寝るときは妻と同じ部屋で寝たことはありません。
もっとも、いつ起き出すか分からない夫と枕を並べて寝る妻はいないでしょう。
安眠の妨げになりますからね。



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