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この板、全国同人誌の紹介批評を書いてはいかが

 投稿者:『群系』永野悟 66,205  投稿日:2021年 7月14日(水)17時23分2秒
返信・引用 編集済
   あ、この板の主宰者がいなくなったのに、案外多くの人のアクセスがあるようですね。

 いつも思うのですが、こういう掲示板とかブログは主宰者、つまり管理人がいなくなるとどうなってしまうのでしょうか。群系の創刊同人であった安宅夏夫さんのブログも現在どなたの書き込みもなく、そのままです。ある種のサイトはネットの管理料?が払われなくなるとアクセスが出来なくなりましょう。実際、私どもの「群系ホームページ」はsakuraインターネット様からネット配信されていますから、そのネット料金が払われなくなったら、そのHPなどは以降閲覧不可能になるでしょう。
 でもこの掲示板(teacup)は、設置も運営にも料金がかかっていませんから、ほんと管理人がいなくなってもずっとそのままあって閲覧可能なのでしょうか。

 で、ここで思うのですが、せっかく根保孝栄氏が長く全国の同人誌を紹介してきたのだから、この際閲覧の読者が、同人誌や作品をこの板でさまざまに紹介、論じ合うのは如何でしょう。なかなか同人誌はその内部での合評はあっても、外からの評価はもらえません。今やネット時代、ぜひ、作品、雑誌を自由に論じ合うのはどうでしょう。中には自ら自分たちの雑誌、あるいは自分の作品を紹介するのもいいと思います。せっかくこの板のタイトルも、「全国文芸同人誌評掲示板」と名うっているのですから。

  https://8614.teacup.com/snagano/bbs
 
 

物故された同人のことをホームページで紹介

 投稿者:『群系』永野悟 66,124  投稿日:2021年 7月13日(火)19時02分1秒
返信・引用 編集済
   物故された同人の歩みというか足跡を記録に残すのは、残された者の課題でしょう。そこにはやはり故人への敬愛というか愛惜がないとなかなか出来ないことではありますが、でも時の移りとともにその活動と面差しが思われて、何か書き留めておきたいと思うものですね。
 我が『群系』誌においても、年長のお二人について、ホームページでその足跡を書き留めておきました。お一人は野口存彌(1931-2015)さんで、もうお一方は昨年物故された安宅夏夫(1934-2020)さんです。ともに『群系』誌の創刊(1988年)からの同人でした。
 野口存彌(のぶや)さんはお父様があの野口雨情で、その詩歌や評伝の研究をされていましたが、ひろく日本の詩歌や小説の研究にも及んで何冊かのご著を刊行されています。資料が多いのでホームページにも多くの事項がアップされました。安宅夏夫さんは昨年肺炎(喘息性)で亡くなったので、まだサイトには多くのことが掲出されていませんが、それでもお亡くなりになったことを掲示板で知った同人たちの寄せ書きがしばらくの間、続きました。今回それを群系HPに掲出しておきました。
 同人誌はその本体の雑誌同様、ネット時代である今日、ホームページやこうしたSNS(掲示板)はどんなにか意義のあることでしょう。参考までに、群系ホームページのリンクを引いておきますが、根保孝栄さんもそうした同人誌で取り上げられて、さらにホームページがあればそこにその歩み、軌跡を止めることが出来ればいいですね。
 群系HPですが、トップから「更新履歴」に飛んで、当該サイトをご覧ください。

  http://gunnkei2.sakura.ne.jp/index.html
 

同人雑誌の相互批評を

 投稿者:『群系』永野悟  投稿日:2021年 7月12日(月)21時19分10秒
返信・引用 編集済
   ご生前にこの板に投稿しようと思っていながら結局そうはならず、いまになってしまいました。
 『海』の有森信二さんのご投稿に感じて、いま書き込みをしています。最近も御誌、ありがとうございました。

 文芸同人誌(それも批評中心の)を刊行しているものとして、全国から同人誌をいただいていますが、やはりなかなか読み切れません。そうした中でこの一、二年同人誌同士の交流をし合って来た『北方文学』(新潟県柏崎市)などは、小生も同人も感想を、われわれの板(群系掲示板)に書き込んできました。それぞれの感想・意見に触発され、さらに読み込んでいます。
 そうした中、根保孝栄氏(石塚邦男氏)のこの間のご健筆はいまあらためて貴重なことだったなあ、と思います。

 いま、『文芸思潮』の五十嵐勉氏の主導による全国同人雑誌交流会が活動を始めています。ぜひ、こうした同人誌の横の繋がりは大事なものと思います。根保氏の目指したものを、不肖われわれも、後を追っていければと思っています。
 ※ 最近も難波田節子さんの創作集『遠ざかる日々』が送られてきて、各作品を読んで相応の感動を受けました。「遠近」誌に連載して来たものを単行本にしたものですが、現下の社会にあって、心温まる人間の息吹を感じました(そのうち掲示板などに、感想・批評を書けたらと思います)。

 なお、『群系』の最新号(46号)を明日にも、皆さまに向けても発送する予定です。

https://8614.teacup.com/snagano/bbs

 

お世話になりました

 投稿者:arimori  投稿日:2021年 7月12日(月)20時41分34秒
返信・引用 編集済
  意味のある言葉探してさ迷へる思念の旅は恋にも似たり

根保様が、4月23日に詠まれた最後の歌です。批評に、歌に、短編や評論など、文化芸術全般に広くかかわってこられたのだ、と拝察いたします。

私は、根保様にお会いしたことはありませんが、どこか心のなかで通い合っているという思いをもっていました。殊に、海同人の作品には、多くの厳しくも温かいことばをいただき、どれだけ私たちの指標として仰ぎ、心を躍らせてきたことでしょう。

6月23日の書き込みが中断されたままであるのを、どうされたのだろうと話していた矢先でした。さなかの突然のご逝去の報に、動転し気持ちの整理がつかないままです。
残念です。

本当にお疲れさまでした。お世話になりました。
どうぞ、次なるところでも、おおいなる思念の旅をお続けください。
謹んで、ご冥福を心からお祈り申し上げます。  海第二期 有森信二
 

ありがとうございました。

 投稿者:草原克芳  投稿日:2021年 7月12日(月)15時03分19秒
返信・引用 編集済
  まったく、思ってもみませんでした。

根保さんの同人誌評の着眼点は、創作の裏打ちもあり、
作者の手の内を見透かしたような指摘があって、
ときどき、ドキリとさせられるような鋭い洞察力が感じられたものです。
そして、
最後の6/10のコメントまで、根保さんらしい精神の活力、旺盛な読書力と筆力を感じさせる内容でした。

お会いしたこともないのに、
掲示板の文章だけで、書き手の個性が、存在感が、伝わってくる、
というのは、やはり大したことではないかと思われます。

根保さんには、九十歳、いや、百歳まで、
この生ぬるい、ますます幼児退行化する、日本的な同調圧力をものともしない、
辛辣な、醒めた書き手として、発信し続けていてほしかったです。


それだけに、この唐突な逝去は…。
6月23日に心筋梗塞…。



よほど非常識で下品な人間以外、「因果関係」などはいわないでしょうし、
日本人的な感情としても、いま、この場で、それを言うべきではないでしょうが、
どうにも、こうにも、
釈然としない怒りにも似た感情が
今、鳩尾から喉のあたりに、暗い毒饅頭の塊りのように、ひっかかっております。

        少し、悔しいですね。
        歯ぎしり……であります。
           (いったい、何に対して?)



あまり故人を悼むのにはふさわしくない、何か奥歯にひっかかったような悪文ですが、
それはともかく、
根保さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。

                         合掌。


 

根保さん、安らかに…

 投稿者:荻野央  投稿日:2021年 7月12日(月)13時59分14秒
返信・引用
  故人とは何年のネット上のお付き合いでしたか。いっとき激論を戦わせたこともありましたが、後に拙作に対する丁寧な読解と好意的な批評言をいただいたり。刺激的な読者それも強力な読者である故人の存在は大きなものでした。高岡氏によればパソコンの前でお亡くなりになったとか。数年前の関東同人誌掲示板で、長年、同人誌批評を続けられていた故・東谷氏がたくさんの本の中で亡くなられていたことを思い出しました。お二人とも「壮絶な」最後であったと思います。
なかなか同人誌批評というものが、それぞれ個別の同人誌のなかで行われていても、全国的な規模で展開する批評家は少ない。ひょっとして根保さんが最後になるかもしれない、とも。

何年もの間の批評活動、お疲れさまでした。
合掌。
 

感謝

 投稿者:「私人」同人一同  投稿日:2021年 7月12日(月)07時56分23秒
返信・引用
  私ども、素人同然の作品にも丁寧に目を通して頂き、感想や助言を頂き、ありがとうございました。
謹んでご冥福をお祈り申し上げます。
 

文芸百舌です。

 投稿者:坂之上 千代  投稿日:2021年 7月12日(月)05時51分57秒
返信・引用
  更新されていなかったので、案じていました。
まさか、お亡くなりになられていたとは。
石塚さまのお言葉で、どれほど励まされていたか……。

言葉のユーモアを受け止めてくださった。
言葉足らずで、申し訳ありません。
ありがとうございました。ご冥福をお祈りいたします。   坂之上千代





 

訃報です

 投稿者:高岡啓次郎  投稿日:2021年 7月11日(日)19時13分16秒
返信・引用
  長年にわたり文学に情熱を燃やし、全国の同人誌作品に丹念な批評を続けて下さった石塚邦男さん、筆名は根保考栄さんが6月23日に心筋梗塞で亡くなられました。パソコンの前で執筆中に逝ったとのこと、まことに情熱の人であったと思います。ここに氏への感謝を綴るとともに、心からのご冥福を祈るしだいです。石塚さん、長い間ありがとうございました。そしてお疲れさまです。ゆっくりお休み下さいね。
                               高岡啓次郎
 

新型コロナワクチン接種中止の嘆願書

 投稿者:? moi tytto ?  投稿日:2021年 6月26日(土)11時51分35秒
返信・引用
  https://docs.google.com/forms/d/18HPdLtfbPg1VNzBuADtgZO6t9BWEf0omL9LFDxc_B94/viewform?edit_requested=true  

「詩と眞實」857号(熊本市)

 投稿者:石塚邦男・根保孝栄  投稿日:2021年 6月23日(水)04時37分29秒
返信・引用
  /

http://6928.teacup.com/377612377612/bbs

 

文芸百舌です。

 投稿者:坂之上 千代  投稿日:2021年 6月22日(火)15時55分7秒
返信・引用
  田中濱子さま

お訊ねありがとうございます。

この場をお借りして、少しご報告させて頂きます。
文芸百舌は、只今6号の準備中でして、合評会の日時はまだ決まっておりません。
多分、11月中頃になろうかと思います。
日程等、詳しくは9月頃決まりますので、しばらくお待ちください。

感想など、いつでも大歓迎です。








 

問い合わせ

 投稿者:田中 濱子  投稿日:2021年 6月22日(火)14時18分4秒
返信・引用
  初めまして。実は文芸百舌の前身 、「豊中文学」の頃から図書館で借り読んでおりました。合評会に参加したいとおもいます。詳細をお知らせ頂ければ幸いです。

http://初めまして。実は文芸百舌の前身「豊中文学」の頃から図書館でお借りして読んでいました。合評に参加したいと希望しております。詳細をお知らせ頂けば幸いです

 

Re: 文芸百舌です。

 投稿者:田中 濱子  投稿日:2021年 6月22日(火)14時12分49秒
返信・引用
  > > はい。まさしくその通りでございます。
> > 覚えて頂いたということは、正念場だということですね。
> > 承知いたしました。お任せくださいませ。
> > それとはべつに、
> > お言葉に甘えて、時に近況など書かせていただきます。
> > 楽しみが増えました。
> > 胸の内に小さなスポットライトが灯りました。ありがとうございます!
> >
> >

http://初めまして。実は文芸百舌の前身「豊中文学」の頃から図書館でお借りして読んでいました。合評に参加したいと希望しております。詳細をお知らせ頂けば幸いです

 

Re: 文芸百舌です。

 投稿者:田中 濱子  投稿日:2021年 6月22日(火)14時09分15秒
返信・引用
  > はい。まさしくその通りでございます。
> 覚えて頂いたということは、正念場だということですね。
> 承知いたしました。お任せくださいませ。
> それとはべつに、
> お言葉に甘えて、時に近況など書かせていただきます。
> 楽しみが増えました。
> 胸の内に小さなスポットライトが灯りました。ありがとうございます!
>
>

http://初めまして。実は文芸百舌の前身「豊中文学」の頃から図書館でお借りして読んでいました。合評に参加したいと希望しております。詳細をお知らせ頂けば幸いです

 

「苫小牧市民文芸」62号(苫小牧市)その4 圧巻は森山弘毅「中野重治の新資料発見の労作」新発見の資料が光る論考

 投稿者:石塚邦男・根保孝栄  投稿日:2021年 6月10日(木)06時32分19秒
返信・引用 編集済
  ・昭和34年創刊から年一回の発刊を続けて62年。私は昭和36年の3号から寄稿している。まだ学生の時である。忘れもしない「雪の囚われ」と題した25枚の小説であった。それはさておき、本題の問題作の感想に入りたい。本来なら一番に取り上げたかった作品であった。

・森山弘毅「中野重治の1946年北海道ー全集未収録の事蹟 寄稿に寄せて」と題した本格的な新事実発見の文学的価値ある論考で単なる作品や人物の感想文でわない新事実発見の価値ある論考である。寄稿者の森山弘毅氏は、北海道大学文学部卒、苫小牧高専教授、釧路公立大学名誉教授という略歴、苫小牧市に在住し地区の文学活動の中心的存在として活躍しており、市民文芸には初めての寄稿である。以下に論考の詳細について触れたい。

・森山は、戦後の民主主義黎明期に北海道地区の<歌声運動>に関して調べるために北海道新聞のマイクロフィルムを確かめているときに、中野重治が歌声運動の提唱者であった関鑑子と共に、1946年来道し「音楽と文学の会」を各地で講演、聴衆から絶大な歓迎を受けた事蹟に出合うのである。

・中野重治は1946年1月1日の北海道新聞に「日本文化の再建と創造」と題する一文を寄稿しているが、その事蹟が中野重治全集には未収録になっていることを突き止めるのである。この中野の寄稿文には、民主主義とは何か、青少年・婦女子の教育の重要性、国民の自由と権利の復活、教育を受ける権利、母親の子育ての自由と権利など日本国憲法が未だ制定されていない時期に、国民の自由と権利について独自の考え方を示す画期的なメッセージを提示していたのである。

・森山は、中野重治全集に未収録になっているこの事蹟を確認したわけであるが、この北海道での講演の合間を縫って、先に紹介した西田信春の官憲による虐殺死について西田の実家を訪問、哀悼の意を表しているのである。

・話は少々脱線するが、中野重治も浅野晃も水野成夫も南喜一も、官憲に逮捕されながら転向することを条件に釈放されているが、西田信春も小林多喜二も拷問を受けても仲間を裏切らなかったゆえに拷問死してしまった明暗について考えるのである。

・西田信春も小林多喜二も共産党の細胞組織の活動に直接携わっていたため、組織や仲間について告白せよと迫られたのである。これを告白すれば仲間に危険が及ぶので、死んでも告白できないことであったので、最後まで口を割らなかったため死に至る拷問を受け続けたのであった。だが、中野重治を初め、浅野晃、水野成夫、南喜一らは共産党の上級幹部ではあったが、下々の細胞活動組織についてはタッチしていなかったので、逮捕されても共産党脱退の転向表明だけで許され放免されたのである。

・小林多喜二、西田信春は実戦部隊に関与、所属して活動していたため、細胞組織の内情を執拗に追及されて拷問を受けたのが不幸であった。転向後に浅野晃は学者・詩人として一家を成し、水野成夫、南喜一らは経済人として大成し明暗をわけることになったのである。

・だが、ここで、中野重治、浅野晃、水野成夫、南喜一らの転向組を卑怯と言う言葉で糾弾するのは、酷な解釈だろう。実戦部隊に関わっていない上級幹部については、官憲も転向表明で許せるが、実戦部隊の組織細胞に関わる活動をしている党員については、官憲の追及がことのほか厳しかったのである。その明暗が運命を分けたのである。

・浅野晃の最初の妻である伊藤千代子が転向を強要されながら転向せず獄死した憐れは悲惨だったが、当時、捕まったら転向表明すべし、そうでなければ命がいくつあってもたりないとされていたものである。つまり、嘘も方便の世界でもあったし、官憲側も転向表明を信用していたわけではなく、監視下に置いて日常を観察していたのである。

・中野重治は、後に共産党に復党し戦後立ち上げた月刊「新日本文学」などにおいて健筆を振るうことになる。

・日本共産党は政治団体として、過去に一時革命思想を持っていたゆえをもって破防法適用団体として今も「オウム真理教」などと同様に公安調査庁の監視下におかれているのである。大袈裟に言えば、共産党員は現代においてもすべて、好むと好まざるとにかかわらず、法的には公安の監視下に置かれているテロ集団の一員扱いなのである。政治団体としては認められているにもかかわらず、法的には政府の監視下に置かれている団体というのも矛盾したことながら、そのように扱われている現実があるということである。

・これについては、日本共産党は、機会があるごとに破防法適用団体の汚名をはずしてくれと抗議しているのだが、公安調査庁では日本共産党の抗議を無視しつづけており、今後どうなるか注目すべきことである。

・同人雑誌に良くある単なるエッセイ的作品論、作家論の平凡な感想論考ではなく、この論考のような新発見の論考であるなら、学会でも価値ある研究として評価されるもので、貴重な論考であった。

http://6928.teacup.com/377612377612/bbs

 

ワワクチン一回め済ませました

 投稿者:根保孝・石塚邦男  投稿日:2021年 6月 8日(火)09時16分21秒
返信・引用 編集済
  ワクチン一回め済ませました。しないかな?なんて思いましたが・・やはりすることに。
簡単です。二回めは・・・?

http://6928.teacup.com/377612377612/bbs

 

「いぶり文芸」51号(室蘭市) その1

 投稿者:石塚邦男・根保孝栄  投稿日:2021年 5月30日(日)04時02分28秒
返信・引用 編集済
  ・年一回発刊、「胆振芸術祭実行委員会」発行。その意味では官製雑誌であるが、地域の芸術振興を目的に、胆振支庁在住者ならだれでも投稿資格がある238ページ。まずは、詩作品を取り上げてみよう。

   「ハナミズキ」 内城恵津子

   みどりの風が吹く
   7月に生まれた
   かわいい君へ

   僕は 庭のハナミズキに語りかける (第一連)

                 注ー豊かなリリシズムが持ち味
                   読者は素直に抒情に浸れる

   「イタンキ」  乾 真咲

   切り立った岸壁に
   水平線からの旭光が射すと
   その肌は黄金色に輝き
   まるで巨大な屏風絵が現れる  (第一連)

                  注ー自然描写がダイナミックで
                    観察眼が鋭い散文詩である

   「花のフーガ」  三村 美代子

   水の簾につつまれて
   朱のいのち どこまでも明るく
   反転する陰画も洋画も ともに朱い  (第一連)

                  注ー北海道を代表する女流詩人の一人で
                    言葉のブレーキ、アクセルの踏み方
                    が巧い。作品に色彩感覚があるのが
                    なかなか真似のできない自然体である

   「残 心」   鈴木 みな子

   「月はすべてを欺く だって姿をかえるから」

   そんな囁きが聞こえている
   心と心が求めあう真実の世界   (第一連)

                  注ーやや語り過ぎるところがあるが
                    物語風に詩語を捉える巧みさが

   「母の温もり」 岬 巴華

   母さんが茶の間に座っていた
   ぼくの大好きなひざが空いていた
   ぼくは「今だ」と走った
   ぼくは母さんのひざを掴んだ
   そしてそのまま寝てしまった

                  注ー童詩的な豊かな感覚がいい
                    語り過ぎない良さがあって
                    影絵のような温もりが滲む


      発行者 三村美代子
      編集者 井村 敦




   

http://6928.teacup.com/377612377612/bbs

 

根保さんへ

 投稿者:荻野央  投稿日:2021年 5月29日(土)19時12分40秒
返信・引用
  何度か私の”気儘な”詩誌について――作品を丁寧に読んでいただいて感謝しています。
批評文を書くときは構成を頭の何処かに置いて、また小説を書くときは探求する精神を持続させながら失わないように、そして詩を書くときは、あらゆる感情を淘汰しようという緊張感に包まれています。その成果について批評していただけるのは有難いことです。十代の頃と今「この年齢」時と比べても、それほど極端に差が開いていないことを再発見している。「波蝕」を創るときにいつも感じています。批評・小説・詩は、その契機にあるのは「直観的に受ける」ものが在るか、どう現れるか。白紙にペンを走らせようとするときに一番思うことはそれです。このことは各同人誌で書いておられる人々と同じこと。批評(的な感想)と小説と詩……いつまで書けるのか。自恃するところの直観と競争している、とこの頃思うことしきり。
どうもありがとうございました。
 

日本語で詩を書く基本的姿勢とは・・・和歌(倭の歌、倭の詩)と漢詩(漢の詩)の違い  歌人とは何者、詩人とは何者か

 投稿者:石塚邦男・根保孝栄  投稿日:2021年 5月29日(土)15時31分9秒
返信・引用 編集済
  ・日本語の短歌は和の歌つまり倭の国の詩(純粋の日本語)で書かれることを基本にしている。ゆえに、大陸の中国語の古語である漢詩的表現は用いないのが基本である。それが日本語による和歌、つまり倭の歌の歴史的な成り立ちであり、大陸の漢語や横文字の表現を忌み嫌うのが和歌(倭の歌、短歌)の用法なのである。

・そして、さらに厳しく言うと、大陸の漢字の表現や横文字表現をいっさい排除するのが和歌(倭の歌)の基本姿勢であったのである。つまり、倭の歌(和歌)とは純粋の日本語による詩言葉でなくてはならず、漢語的表現や横文字表現を避けて、<日本語で詠う詩>でなくてはならない、というのが基本であったのである。

・和歌(倭の歌)とは、日本語によって詠われる詩のことであり、純粋に日本語を追究するものである、ということなのだ。

・故に神前において祈る言葉は、純粋に日本語(倭の言葉)によって唱えられなくてはならず、倭の言葉(和の言葉)でなくては、祈りも神には届かないとされていたのである。

・詩の純粋性とは、言葉の純粋性の上に成り立つものであり、詩が祈りであることの意味は、言葉の純粋性を祷り手(詩人)に要求するものであり、言葉は大和言葉として正確に使われなくては、祈りの言葉は神には届かないとされたゆえに、正確な日本語を究めた者でなくては、歌人(詩人)とは言われなかったのである。

・つまり、古代の倭の国(大和の国・日本)においては、純粋な日本語による祈り(祝詞言葉)でなくては、大和の神は願いを聞き入れてくれないとされていたのであり、歌人はその意味では神子的存在、巫的存在であったのである。

・西欧においても東洋においても、つまり洋の東西を問わず、詩人が尊敬されたのは、神と対話できる存在であるからであり、言葉を正しく使う存在者が詩人とされたのは当然であった。

・詩を書く者は、基本的な姿勢として、以上のことを知ってほしいのである。

http://6928.teacup.com/377612377612/bbs

 

「波蝕」28号(川崎市) 日常の個人的体験でありながら異界に誘う詩誌は<荻野央一人詩誌>

 投稿者:石塚邦男・根保孝栄  投稿日:2021年 5月29日(土)03時49分3秒
返信・引用 編集済
  ・小説でも詩でも短歌、俳句でも、良い作品とか優れた作品には必ずミステリアスな背景や主題があるものである。

・ところが、時には、そのミステリアスな背景や主題が皆無で何気ない日常の心象風景とか個人的体験でありながら、読者を異界に誘う雰囲気を持つ内面的な作品に出会う時がある。


・それは、あたかも官憲に追われるテロリストが巷に潜む方便として、常識人に擬態して民衆に溶け込む姿に似ているかもしれない。

「波蝕」という詩誌は、「荻野央の一人詩誌」と銘打つのも常識人の擬態姿勢をとりながら、外とは一線を画する孤高の精神を大切にする詩人であるからであろうか。

・今回の詩誌には、「夕顔」「家族、円環、欠損」「光のキッチン」の3編の詩と<批評的感想>として「ホフマンスタールの<詩人と生活>」と題するエッセイが収録されているのだが、いみじくもホフマンスタールの言葉を次のように引用しているのは、この詩人の実像をまさしく語っているようで象徴的である。

    詩人というのは、いつも倫理的なものと仮象と関わっている、
    極めて危険な職業である。それは倫理的な可能性で満足して
    しまうという結果へ導いてゆく。

・以下、詩の一節を紹介。

     「夕顔」5連    荻野 央

  あれから恋を求めつづけていた きみは
  美しくなって ベランダに風をもとめ
  夕顔の蔓がからむ青いフェンスを掴み 遠い雲の姿態を見つめ
  掴む手に力を ふるえる足は しっかりとベランダを踏みながら



     「家族、円環、欠損」1連  荻野 央

  家族はいわば円のようなもので 和やかな円積は永遠な内密を示す
  囲む環のことは 父も母も子供たちは 気づいていない


     「光りのキッチン」1連  荻野 央

  起きたての目に光りがまぶしい いろいろなものが朧ろ
  冬夏問わずキッチンに光りが乱れなくそそがれる
  まぶしいキッチン
  わたしはサッシ戸を通って ベランダにで 風の匂いを吸いこみ 朝を迎える


             注ー時折、評論では、作者独自の抽象的な言葉で
               内面を語る作者であるが、詩作品は自然体の
               散文詩的手法を選択するのが特色である・・


・最後に Hugo von Hofmannsthal の箴言的短詩を紹介。


     つまるところ
     われわれが演じていることは
     お芝居
     心の断片のお芝居なのだ
     早熟で
     繊細で
     悲しい
     魂の喜劇なのだ


   郵便ー216-0034
     神奈川県川崎市宮前区梶ケ谷1395-1-601 荻野方 超克社

http://6928.teacup.com/377612377612/bbs

 

「季刊午前」59号 その3

 投稿者:石塚邦男・根保孝栄  投稿日:2021年 5月27日(木)23時32分11秒
返信・引用 編集済
  ・コロナにちなみ単文の企画のなかに、優れた詩作品も含まれていたので紹介。(前にも紹介したのとダブっているが)

   「博多駅にて」西川富美子は、詩作品2編 イントロ紹介。


   「求婚者たち」-コロナ禍以前

   新幹線ホームの喫煙ルームに
   ダーク・スーツ姿の男たちが
   吸い込まれるように次々と入って行く


   「黙示録の顕現ーコロナ禍以後

   緊急事態宣言解除直後の
   新幹線の中は
   乗客不在の
   生命のぬくもりを感じさせぬ
   死の世界のよう・・

                 注ー2編とも異常事態の緊迫感を
                   盛ったメッセージの意味合い


   「時空の問いー私考・聖徳太子」  安河内 律子

   いにしえの飛鳥 疫病平癒のために孝養を尽くす
   幼い皇子に父は問うた 我が病いは争いに血を流した
   報いだろうか

                 注ー日本書紀に記された聖徳太子
                   崩御を悲しむ民衆の叫び声だ

  

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「海峡派」150号記念号(北九州市)

 投稿者:石塚邦男・根保孝栄  投稿日:2021年 5月27日(木)19時03分40秒
返信・引用 編集済
  ・創刊50年、現在は年3回ペースで発刊をつづけている。九州地区は同人雑誌王国である。熊本には月刊同人誌「詩と眞實」が今も健在であり、「季刊午前」、「海」も新しい息吹に満ちている。

・木村和彦は「150号に寄す」として、編集者が良いと思った作品を載せるという方向が変り、会費を払っている者は平等の発表権利を持つ、という立場に立ち、次のように記す。
「すべての作品を載せようという方向に変って、安定した運営を保ち150号を数えるに至った」

・なるほど、これもひとつの立場であるが、鑑賞する側から言うと、優れていると思った作品を取り上げたいわけである。だが、時には励ましの意味もこめて、つたないと見える新人の作品をあえて取り上げることもあるのである。

・小川ひろみ「恋人は水陽炎」は、10年前のボーイフレンドから突然電話があり・・・という女性の浮きだった気持ちを描く。80枚を超える作品は青春回想の物語。

・田原明子「贈り物」は、クリスマスイブの日、電車の中で居眠りから目覚めた洋子は、40年前同じ病院の介護士同士であった貴志との思い出に浸る・・という話。

・山田キノ「最高の人生を貴方と」は、癌で余命いくばくもない夫の看病をしている付き添いの妻。星空を見たいという夫の願いをかなえてあげようと、二人は深夜病院の目を盗んで病室から忍び出る、というショート・ショート。

・池田幸子「試練」は、貧しい家に生まれたが、何とか高校に上げてもらった里美は夏休みのアルバイトに精を出さねばならない。そんな女の子の話は切ない。蚕の世話をする珍しい話をバックにした作品は貴重。

  ・北九州市八幡西区岡田町11-10-510 若窪美恵方
     電話ー641-9411


    

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上杉朋史「西田信春ー蘇る死」 その2

 投稿者:石塚邦男・根保孝栄  投稿日:2021年 5月24日(月)06時50分42秒
返信・引用 編集済
  ・西田信春の祖父は奈良県十津川村の出である。十津川村の住民は大災害によって壊滅的な打撃を受けて北海道移住を決意し入植、新十津川村を建設した。父の英太郎は、この新十津川村の移住者とは関係ないが、後に村長として村に貢献するようになる。西田信春は、明治36年、札幌一中(現在の札幌南高)に入学、12歳から17歳まで札幌で下宿生活をしている。北海道の歴史の権威北大名誉教授であった高倉新一郎は一中時代の同期生であった。信春は5年の時、一高受験に失敗し東京に出て浪人生活をする。

・西田信春は大正10年一高文科甲類に入学、一年先輩に日本共産党の志賀義雄、ゾルゲ事件に連座して処刑された尾崎秀実らがいた。寮生活の二年のとき、身体が大きかったのでボート部に誘われた。1923年夏休みで帰省して東京へ戻って来るや関東大震災に遭遇する。

・1924年(大正13年)東京帝大文学部倫理科に入学、満21歳であった。作家の中野重治は第4高等学校を2度落第して東京帝大文学部ドイツ語学科に入学し、西田と深い関係を結ぶことになる。この年、小林多喜二は小樽高商を卒業し北海道拓殖銀行に就職している。当時の東京帝大構内は社会主義の解放区のようであった。震災後のため校舎は倒壊しバラックの教室が急きょ造られるありさまであった。

・「札幌文学」の主宰者であった澤田誠一氏は「高倉先生は一中時代の西田について虐殺されたことを知って仰天したと語ってました」とし「凄さは、頑として口を割らず、氏名不詳のまま警察で死んでいった強固な意志である」と北海道の月刊誌北方文芸などに書いている。

・西田信春が「東京帝大新人会」に加入したのは、1925年(大正14年)の末。この会は東京帝大を中心とする学生運動団体で、大正7年結成され、昭和4年の解散まで戦前の学生運動の中心的存在であった。当初は人道主義、理想主義的社会主義の立場で労働運動、農民運動の指導者を輩出したが、日本共産党の再建後は、その下部組織的役割を果たしていた。

・大正14年に京都帝大、同志社大で相次ぎ軍教反対運動が起き、これを取り締まる特高による任意同行、家宅捜査事件があり、農民労働党の結成も即日禁止されるという政治的活動弾圧が顕在化、東京帝大新人会にも特高の手が伸びて来た。

・当時の学生運動は活発になり、早稲田大学には「民人同盟会」、法政大学の「扶信会」、慶応大学の「反逆会」、明治大学の「オーロラ会」、一高の「社会思想研究会」などがあり、相互に連携を強めて大正11年(1922)には26校による学生連合会が発足した。第一回大会が1922年(大正11年)東京帝大で全国49校の学生代表が参加、「学生社会科学連合会」と改称、学生団体70余、会員2000人に膨れ上がる。

・北海道では、1923年(大正12年)北海道帝国大学に「社会経済研究会」が、小樽高商には24年「社会科学研究会」が発足した。このとき小林多喜二も参加したが、この年3月には卒業している。



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上杉朋史「西田信春ー蘇る死」その1 権力によって闇に葬られた虐殺の真相が明らかに・・

 投稿者:石塚邦男・根保孝栄  投稿日:2021年 5月21日(金)02時38分29秒
返信・引用 編集済
  ・異色の評伝が知人から送られて来た。それは、社会運動弾圧の時代に、特高によって人知れず拷問を受けて亡くなった北海道出身の西田信春という人物の300ページを大きく超える評伝である。もちろん、ある種の<評伝>は、純粋な文学作品とは別の視野から評価されるべきもので、純文学(literature proper)とは必ずしも言い切れないものだが、シリアスな世界で生きた人物を取り上げるとき、litarature proper(純文学)の evidence となるものだ。この評伝は、まさしくこのシリアスな純文学作品と言っても過言ではないだろう。


・この西田という人物は、知る人ぞ知る小林多喜二時代の人物で、小説家として有名な中野重治らと時代を歩んだ人物であり、九州の組織固めに中央から送られた当時の<大物細胞>。作家の五味川純平や松本清張の昭和史の著作や中野重治の著作の中にも度々出てくる社会運動家の共産党員である。しかし、特高に逮捕され拷問されたことは間違いないが、その死と遺体の詳細は不明のまま戦後を迎えるのである。それは、西田が九州地区の組織を立て直す運動中に、数人の名前を使い分けていたためであると言われる。


・この一冊をまとめたのち、亡くなった上杉朋史という研究者の労作評伝には西田の生い立ちから逮捕とその死、その後の関係者の死の探索などの足取りが克明に再現されている。この西田信春という人物は、北海道十津川出身で、東京帝大新人会で活躍したのち、社会運動に身を投じ、日本共産党の九州地方における組織再建責任者として九州に入り、福岡で党の拡大活躍中、昭和八年、特高警察に逮捕されたのち拷問され亡くなった人物であるが、共産党の歴史上は知られているが、一般にはあまり知られていない人物。北海道では同時期、特高によって虐殺された小林多喜二が作家として名があったたため有名であるが、西田信春は一般にはほとんど知られていない無名の存在。

・だが、本書について、評伝を上杉朋史の後記には、次のようにまとめている。

「本書は、西田の誕生から虐殺死とその真相解明まで、活字として残された証言・回想類を博捜し、断片的なピースを組み合わせる作業を丹念に精密に繰り返し、その生きた政治・社会状況のなかに再現させることによって、ほぼ現在において考えられる限りの完成度をもって西田の全体像をつくりあげた」

・この評伝を書いた上杉朋史という人物は、1943年札幌市琴似町生まれ、北海道学芸大札幌分校卒業後、高校の社会科教師をしたあと、この評伝を執筆直後、2018年10月亡くなった人物。

・戦前、戦後、共産党員最大の作家とされた大物の中野重治と西田の帝大時代からの密なる交流と親密な関係も歴史的、政治的に興味深いもので、獄中書簡とともに小林多喜二の獄中書簡を思わせるものがある。なお詳細な解説は荻野富士夫が巻末に書いている。


  郵便ー113ー0034 東京都文京区湯島2-4-4

         「平和と労働センター・全労連会館五階

                      学習の友社刊



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「詩と眞實」857号(熊本市)

 投稿者:石塚邦男・根保孝栄  投稿日:2021年 5月20日(木)17時02分8秒
返信・引用 編集済
  ・まえだかずき「М坑のハト」は、炭鉱の堅坑の入口にハトがフンをするので始末におえない話なのだが、閉山になったあと、国史跡に指定され、見学客を受け入れているという事情をバックにした珍しい話という意味合いでは評価されそう。

・今村有成「アムール」は、佐藤総理時代の青春と労働運動の次第で、女性への憧れと細胞組織活動の内情。100枚の力作は、朴訥な筆筋として好感がもてるが、人間造形がパターン化して見えるのがやや気になる。素朴な異性への憧れや恋愛感情を描きながら、労働運動の次第を作品にしたものは、半世紀前の同人雑誌でよく目にしたものであるが、現代文学は素朴なリアリズム手法では書き切れない主人公の内面描写に深入りするのが一般的である。だが、「民主文学」系列では、高い評価がでるかもしれない。評価は場によって異なるものである。

・詩作品は井本元義の短詩が印象に残った。

      「悲しみ」    井本 元義

   長患いの妻が
   布団をかぶって
   うずくまっている

   窓から差し込んでくる
   月の光の波が
   それを浮かべて
   玲瓏の海にいざなう
   静謐の果てに漂う
   美しき朽ち舟よ

             注ー詩は人の心を慰め
               読者が静かに考え
               作品を何度も読み
               味わえるのがいい

   

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川越宗一「熱源」 直木賞受賞作、本屋が選ぶ「時代小説大賞」作品の巨編 樺太アイヌの戦いを描く奇想天外な小説

 投稿者:石塚邦男・根保孝栄  投稿日:2021年 5月17日(月)18時56分39秒
返信・引用 編集済
  ・何とまあ、東京帝大時代の金田一京助、世界初の南極点到達をめざす白瀬陸軍少尉も登壇する実話と虚構を交えた壮大な構想ドラマで、帝政ロシア時代を背景にした大長編。

・作者の豊かな想像力と構成力は国際的な水準である。作者は1978年大阪府生まれで龍谷大学史学科中退、「天地に燦たり」で第二十五回松本清張賞も受賞している逸材。スケールの桁違いな新人である。一読をお勧めする。「文藝春秋社」発行。

 

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「太宰治賞」 その2 若い新人なら一度は挑戦してほしい

 投稿者:石塚邦男・根保孝栄  投稿日:2021年 5月17日(月)00時41分50秒
返信・引用 編集済
  ・1965年に第一回が始まってから、その後作家として活躍している受賞作者が名を連ねているのが判る。

第1回は受賞作無し。
第2回は吉村昭「星への旅」。
第3回の受賞は一色次郎「青幻記」、候補作は金井美恵子「愛の生活」。
第9回(1973年)受賞は宮尾登美子「櫂」。
第13回(1977年)受賞は宮本輝「泥の河」

・こうして観ると、200枚前後の力作を若い新人時代に出世作として世に問いかけた作家らの足取りが理解できるのである。毎回、千数百篇の応募がある伝統ある中篇新人賞であるが、同人雑誌の若い作家は、このランクの新人賞挑戦くらいはしてほしいのである。

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「petanu」32号(旭川市)その2 浮世絵の世界にのめり込みすぎたか・・成田福裕「富士のかよひ路」の富士山と利尻富士との対比の妙

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2021年 5月15日(土)10時25分29秒
返信・引用 編集済
  ・成田福裕「富士のかよいひ路」は、出勤前ジョギング途上、池の橋の中ほどに佇む女の姿にふと心を奪われる主人公の心境からイントロが始まる。

    ふと女が長い髪を投網を投げるようにかきあげた。

・こういう表現が巧い作者。主人公の妻は早死にして今は年老いた母と暮らしているのだが、職場の昼食時に20代半ばで利尻島出身で臨時雇いの武内いち代と隣り合わせになり親しくなった。そのいち代と「北斎・広重展」でばったり会いさらに親しくなる、という大筋なのだが、富士山と利尻富士の比較や浮世絵の歴史的事柄に深入りしているためか、小説としての男女の機微などの肝心の主筋の彫りこみがやや浅くなった印象で、120枚もの大作にしては焦点がぼやけた印象がぬぐい切れない。しかし、エンディングの何気ない描写などは、さすがと思わせる。

    「母が渋谷の家にきているんです。荒川さんと夕食ごいっしょしようって
     家で支度しているんです。どうですか」
     いち代は富士の方から射す夕陽をうけ、うす赤い頬を揺らした。

・岡田雅勝「利休②」は、利休の妻と子たち、北野大茶会、利休の茶室などの詳しい成り立ちと仕組みについての解説で先号に継ぐ力作である。

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筑摩書房の「太宰治賞」の受賞作集にチラチラと目を通したが、やはりすごいですね

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2021年 5月15日(土)09時15分3秒
返信・引用 編集済
  ・ここ二、三週間、「太宰治賞」の受賞作品集に第一回の1965年以来のものにチラチラと目を通してみましたが、やはり、どの作品も新鮮ですごいですね。つくづく感心しました。

・やはり、このレベルになると、モノが違いますね。どの場面を例にとっても瑞々しさにあふれている感じです。

・選者のひとりである小川洋子さんの評文に「小説によってしかたどり着けない場所がある。作家は皆、その道を探して悪戦苦闘しているのだ」という言葉があったが、まさに、小説の醍醐味は<小説によってしかたどり着けない場所>を如何に書き分けているかが作品の勝負の場なのであることを、つくづく感じたことであった。

・翻って、「同人雑誌」の作品に目を転ずると、その良さと欠点もよく理解でき、納得することができました。時には、こういう比較も必要でしょう。

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