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「札幌文学」89号(札幌市)その2 海邦智子「孤灯の下」はバーのカウンターに立つ中年女性の生活と心理を深掘りした意欲作

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2019年 9月17日(火)23時29分36秒
返信・引用
  ・海邦智子「孤灯の下」は、この作者久しぶりに力のこもった100枚の意欲作。若手の有望な書き手と目されながら20年が経過したが、多忙のためか全力を傾けた作品はなく、小品でお茶を濁してきた趣きであったが、ここへ来て発奮、北海道新聞文学賞あたりを狙いだした気配で、期待したい書き手。
 主人公の沙穂は、結婚15年の生活に終止符を打ち、猫のコロちゃんと生活をするようになった40代の女性で、薄野の西はずれのバーのカウンターに立って働いている。秋になったある日、北見に住む元夫の姉から電話があり「助けてちょうだい」と切羽詰まった声。元夫がバイクを運転中に交通事故を起こしたのだが、遠方に居る自分に代わって病院へ行ってくれないか、という話。そのバイクの後ろに乗っていた女性というのが、離婚の原因になった女なのだが、二人とも意識不明の重傷ということなのだ。やがて女性は亡くなってしまい、元夫の弘志は右足の膝から下は感覚のない障害者になってしまう。そんな女性の身辺を描いた地味な作品なのだが、感性のある文体で、中年の女性の生活と心理の襞を繊細に描いた作風は、渋い味にまとまっていて魅力的だ。

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韓国の旭日旗反対はなぜ?

 投稿者:根保孝・石塚邦男  投稿日:2019年 9月15日(日)08時04分37秒
返信・引用
  ・韓国の反日は、仕方ないこと。
日本に負けたくない、韓国の気持ちは分かるが、
ちょっと酷すぎないかと、日本人には思われる。

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旅先からスマホで打ちこみ

 投稿者:根保孝・石塚邦男  投稿日:2019年 9月14日(土)06時44分0秒
返信・引用
  スマホですから、二.三行しか書き込みできませんが、中学、高校時代に20世紀初頭のロシア文学を読んでいて、いつも不思議に思っていたのは、年金生活者というのが出てくるのですが、私の家は商売人の家で、年金生活というのを理解してなかったで、〈年金生活〉出来る階層は、上流階層と思っていたもので、ロシアは日本より進んでいるのかな、なんて思っていたものですが。

ま、作品感想は、時代背景を理解しないと駄目ですね。歴史を知って作品を読むのと、時代を理解しないで読むのでは、印象はかなり違うものになるみたいですね。

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2週間ほど旅行につき

 投稿者:根保孝・石塚邦男  投稿日:2019年 9月12日(木)01時32分42秒
返信・引用
  しばら書き込み遅れてます。長期旅行です。
帰り次第、同人雑誌感想書きます。二十冊ほどたまっています。すみません。

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内閣改造、環境大臣、防衛大臣に期待

 投稿者:根保孝・石塚邦男  投稿日:2019年 9月12日(木)01時24分58秒
返信・引用 編集済
  小泉進次郎環境大臣の意欲的取り組みに期待してます。福島の原発処理、海洋汚染のクリ-ン化国民運動により、プラスチックごみの除去運動など。

河野太郎防衛大臣には、外務大臣の知名度を生かした同盟国との戦略的な提携強化を期待してます。

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香港で中国軍が戒厳令の準備いりか?

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2019年 9月 4日(水)02時37分5秒
返信・引用
  ・軍隊の交代と称して、香港に深夜、中国軍の装甲車が大挙して入って来たらしい。
ところが、駐留軍の交代と言いながら、出て行った形跡はまるでない。
つまり、戒厳令施行の準備のための増援部隊を投入したみたいだ。

・雲行きが怪しくなっている自由都市の香港である。
いよいよ中国共産党は、香港騒動の弾圧に踏み切るのか_?

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小説、評論の上手さ、巧みさといっても微妙に違う

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2019年 9月 1日(日)05時02分9秒
返信・引用 編集済
  ・作品の上手さ、巧みさ、出来の良さと一口に言っても、そのニュアンスは微妙に違うものだ。

・例えば、cleverな巧みさ、intelligentな巧みさもあるし、skillfulな巧さもあるし、
単にwiseな上手さもある。また、ingeniousな発想豊かな巧さもあるし、
brightな巧さというのもある。

・同じ巧みな小説、評論と表現しても、<上手さ><巧みさ>の内実は微妙に違うものだ。
私は、作品の感想を書くときには、そんな違いを意識して書き分けて書いているつもりなのだが、読者によっては、その違いを受け取ってもらえないことがあるのは残念である。読者の理解度に応じた書き方、というのも研究する必要がありそうである。

 ・ひと言で違ひの分かる書き方を極めんとすも言葉及ばず  石塚 邦男

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永野さん、どうも

 投稿者:根保孝・石塚邦男  投稿日:2019年 8月31日(土)13時02分5秒
返信・引用 編集済
  「「お知らせ」ありがとうございました。
「群系」ご寄贈ありがとうございます。
時間取れましたら、感想書かせていただきます。

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全国同人雑誌会議が来たる10月19日(土)に。

 投稿者:群系 永野悟  投稿日:2019年 8月30日(金)09時16分44秒
返信・引用
     第3回全国同人雑誌会議が来たる10月19日(土)午後一時から、「文芸思潮」と「中部ペンクラブ」の主催で開催されます。会場はお茶の水の「池坊東京会館」。同人雑誌の新しい繋がりと方向を目指して講演・シンポジウム・会議・講演会を行います。基調講演は作家の三田誠弘氏、発言は中山紀氏。同時開催に全国同人雑誌展示会があります。参加費は1万円(パーティ券含む)。後援・「中日新聞」「東京新聞」「三田文学」「季刊文科」。

    参加申し込みが必要です。九月三十日まで、参加申し込みを受け付けているそうです。編集部他数名の方は編集部の方から申し込んでおきますが、それ以外の方でご出席の方は、以下の案内をご覧ください。
http://www.asiawave.co.jp/bungeishichoo/img/doujin-annai2019.pdf

  参加申し込み書はこちら
http://www.asiawave.co.jp/bungeishichoo//img/doujin-moushikomi2019.pdf

※ 根保さん、「札幌文学」「ときわ短歌」、ご恵送ありがとうございました。89号とは文芸同人誌としては大先輩ですね。掲示板下の「管理者」宛てに電子メールを送っておいたのですが、着いていますか?
 

「札幌文学」89号(札幌市)その1 新しいリアリズム描写方法を開拓したアンチ・ロマンの変わった実験小説は 須崎隆志「廃墟に白い薔薇を」

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2019年 8月28日(水)23時18分21秒
返信・引用 編集済
  ・一時、編集部の老齢化で休刊も考えた「札幌文学」であったが、編集部がもう少し頑張ろうという気になったらしい。意欲的な書き手も数人残っているので、編集部さえしっかり機能すれば、継続発刊は可能であることは、今回作品の質で凸凹があるにしても、13編の作品が集まっていることで証明されただろう。問題は発表以前の作品の叩き上げが不十分であることだが、これとて時間があれば何度でも書き直しさせるなどで解決するもの。今後の編集部の在り方が課題だろう。

・須崎隆志「廃墟に白い薔薇を」は、全体で50枚の散文作品なのだが、内容が「ラップで廃墟」「反復小説・入れ子小説で廃墟」、「脱線小説で廃墟」「多声小説で廃墟」「擬人化小説で廃墟」「ラップで廃墟 ふたたび」などの小見出しがついた微妙にファニーな変わった構成の作品で、一応、小説は小説でも新しいりアリズム描写を創造しようとしたイメージ実験作品のアンチ・ロマンとでも形容できる新しい装いに注目した。

 と言っても実物がどのようなものか、読者は実際に読んでみない想像すらできないだろうから、「ラップで廃墟」と小見出しついたイントロの一部を以下に紹介。これで、この作品の全容がほぼ想像できるだろう。バックにラップミュージックの伴奏が入ると、この作品、良い感じに機能しそうで楽しいだろうが、さて・・読者、批評家の皆さんの反応がどうでるか楽しみである。

 ・「ラップで廃墟」

 静謐未明の空間時間 廃墟の私と 風と海のにおいと漁船の音と
存在するのはそれだけ という高台 隠居もできない故郷の廃墟
限界超えて崩壊寸前 の われは遺骸 未来の解体ひたすら警戒
爽快生活はや昔 冥界霊界間近い世界 将来解体の境涯にあって
といいつつ現在生きながらえていて とはいえ時間はいつでも片道
切符 乗り換えなし

 

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そういうことではないのですが

 投稿者:根保孝・石塚邦男  投稿日:2019年 8月28日(水)15時29分31秒
返信・引用 編集済
  ?・あ、どうも、荻野さん、コメントありがとうございます。私の言っていること、そういう仕分けのことではなく、微妙な感覚的なことなんですが。それはそれで、コメントありがとうございました。何かありましたら、自由に気軽に書き込み願います。何かと参考にさせていただきます。

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詩とはなにか?

 投稿者:荻野央  投稿日:2019年 8月27日(火)10時40分50秒
返信・引用 編集済
  批評は論理、小説は自由、詩は空想と大まかに区分できる。批評は主題を意識し、小説は想像力が問われて、詩はすべてを包括する言葉の芸術。とま、これまた大まかな区分になってしまうが、共通するのは"意味"への探求だと思います。

詩の実作と読解において、もっとも詩とはなにかと考えざるを得ない場面は、詩人のこと、「この」詩のことの場面であって、実作では、自分の詩の領域に自分は何処まで意味をたどれるかという創作の意識が問われることではないかと考えます。

※この混迷の時代。こうした文学の根源に迫る「問い」に答えることは、アタマの訓練になります。根保さんらしい設問ですね。

 

現代詩の問題点は?

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2019年 8月27日(火)09時42分0秒
返信・引用 編集済
  ・<詩とは何か?>

 単純な意味でも、複雑な意味でも<詩とは何か?>という問いを
詩を書く人たちは日頃己に問いかけているのだろうか?という疑問が
胸に兆して離れないのは私だけだろうか?

 例えば、詩を書いている人たちは、俳句も短歌も詩であることを認識しているのだろうか?
また、俳句、短歌をやっている人たちは、自分たちの手がけているものが、
詩であることを自覚しているのだろうか。

・奇妙なことに、俳人は俳句は俳句、歌人は短歌は短歌であり、
詩とは少し違うと思っている者が相当数いるようであり、
なかには、そんなこと考えたこともないという人も相当数存在する実情とは
一体何なのだ、と私は時折思って、情けないことだと嘆くのである。

・また、<現代詩>つまり、現在書かれている詩というものを、
詩人たちがその創作現場でどのように解釈して書いているのか、
その心を知りたいと常々思うのだが、
その疑問に応えてくれる確かな言葉には、
不思議なことに、なかなかお目にかかれないのである。

・<現代詩>とは何をいうのか、何が現代詩で何が現代詩ではないのか、
その線引きをどのように考えて詩人個々が詩を書いているのか。

・また、散文と詩を別ける垣根をどこに設定して詩を書いているのか。
同人雑誌を読んでいて、常々そんな疑問を抱く私なのだが・・。

・以上のようなことを知りたいのであるが・・・さて?。

  ・言葉とは不思議なものよ生き死にを分ける効果を演出するなり  石塚 邦男

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合評会の在り方、作者の長所を発見せよ、短所を指摘することは誰にでもできる

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2019年 8月26日(月)05時39分35秒
返信・引用 編集済
  ・作品の感想評をするとき、私がいつも強調することがある。
それは、作品の長所を探し出して作者に語れ、ということである。

・大抵の読者は、「この作品は良く書かれているが・・」という言わずもがなのひと言をまず言ってから、長々と作品の粗を取り上げてくどく感想評を語る者が大方であるが、
これは、作者にとっても出席者全体にとっても、なにも益にならないし、参考にもならない。なぜなら、作品の欠点は、誰しもが見抜いていることであるからだ。

・合評会の感想評においては、作品の長所がどこにあるかを指摘することが大事なのだ。
この<作品の長所発見、作者の長所指摘>こそが、合評会の最大の目的なのであるが、
最近のちまたの合評会は、重箱の隅をほじくるような作品の欠点指摘が主流みたいになっているのは残念である。

・欠点を指摘をすることが、さもさも作品の深読みができる読者みたいに見られている実情も問題であろう。

・どのような作品にも作家にも、長所は読み取れるものだ。
総体として、長所を伸ばせば欠点は減るものである。
良き読者は、長所を発見し、見つめるものである。

・作者は自分の長所を自覚してないことが多い。
本物の作者は、自分の長所と欠点を自覚しているものなのだが、
同人誌作家の多くは、自分の長所を自覚してない者が大半である。
もっとも、自分の短所を自覚できてない作者には、ひと言指摘しなくてはならない
のは当然だが、それはひと言でいい。

・それで欠点を克服できない作家は、
単純な意味で<才能がない>のである。それは仕方ないことである。
足の遅い子がいくら修練しても速くならないのと同じく体質の問題である。

・それはともかく、見え透いた欠点は、
作者が作品の数を書いているうちに自覚できるものだが、
自分の長所はなかなか自覚できないものなのである。
つまり、足が速いのに走法が未熟で速く走れない走者みたいなものである。

・であるから、読者は作者の長所を指摘して差し上げることなのだ。
自分の長所を自覚できれば、自信がつき意欲もでる。それが大事なのだ。

・批評とは、作品の長所をいかに発見するかということである。
それは昔も今も変わりがない批評のありかたである。


  ・笑顔なら美しい人かく言はれ美人になりし人あまたなり 石塚 邦男

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小河原さん、連絡くれるとよかったのに

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2019年 8月25日(日)03時11分36秒
返信・引用
  ・そうですか、北海道旅行であったのですか。
連絡下されば短い時間でもお会いしたかったのに・・。
ま、お盆ですから、事情もあったのでしょうが・・。

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御礼とおしゃべり少々

 投稿者:小川原健太  投稿日:2019年 8月25日(日)00時58分27秒
返信・引用
  「風の道」11号を丁寧に読んでいただきありがとうございました。
特に大森盛和「K子の失踪」につき「小説創りのツボを心得た秀逸」の長い評は、大森さんとても喜ぶと思います。というのも彼は「どうも小説創りは分からん、エッセイとも小説ともつかんものになってしまう」とぼやいていますので。 彼はパソコンをやらないのでまだ根保さんの評は読んでいないはず。9月1日に例会があるのでコピーを見せるつもりです。

 お盆で1週間ほど帰省していました。札幌の実家に行く姪の運転する車に便乗、9日、夕方室蘭着(宮古―室蘭 フェリー)。白鳥大橋をくぐったとき、半袖、半ズボンではちょっと寒いくらい。さすが北海道と感激しました。
 15日、夜は苫小牧から八戸へ。夜中の苫小牧の港辺りの印象は殺風景で、いまなんの印象も残っていない(失礼!)。この齢で、フェリーで半日休めるといっても、一泊2日の車の長旅は相当体に堪えた。室蘭、八戸で朝市に寄ったり、三陸海岸線をしばらく下ったり(上りか)と面白かったが、いま思うに、最も面白かったのは、アラフォー近い、やや天然系で、小さい時から識ってるので遠慮がない姪とずーとおしゃべりできたこと。考えてみると、我がこんな齢で、こんな年代の女性と隣り合わせて、遠慮なくずーとおしゃべりできる機会なぞめったにあるもんじゃないですよね。でも「伯父さん、来年も行こうね」と言われても即答はできなかった。
 姪っ子じゃなく訳あり女にして震災(震災と復興の状況をよく目にした)をバックにすれば一編の物語はできるな(よくあるパターンで「才能なし」か)。

 我が「おっぱい遠近法」は、「知的障害も子どもの実情を、読者に知ってもらいたい」というより遠近法の果ては消失点となって消えるが、この齢になると「おっぱい」に象徴されるものは、すべて消失点となって消えていく悲哀を書きたかったのだが。
 校正の段階で、我が厳しい女性編集長から「おっぱい」なんてタイトルだけで女性は読まない。タイトルを変えろと言われたので「お○ぱ〇遠近法」としたら「馬鹿!」と怒鳴られた。
 次号から、みなさんよく名前の知っている方が加わります。乞う、ご期待!


 

「中部ペン」26号(名古屋市)その1 興味深い短編評論のテーマは日本語と日本文学の特殊な問題点を指摘している点で新鮮であった

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2019年 8月23日(金)10時31分9秒
返信・引用 編集済
  ・雑誌をぺらぺらめくってみて驚いたのは、内容が一段と充実、読みどころ満載の見事な企画、新感覚の新しい編集姿勢が読み取れて舌を巻いた。関係者の発想、構想力に敬意を表したい。名古屋地区の文学愛好者の底力と地域の文学を愛する熱情がひしひし伝わってきて、改めて唸ってしまった。以下に内容紹介、作品紹介を記す。

・中部ペンクラブ賞受賞作品の「ジャングルまんだら」を読んで、この作品を受賞作とした審査委員の皆さんの慧眼を讃えたい。というのは、新しい小説世界とは何であるかを知っている審査委員であったことを確認できて安心したのである。

・座談会の「歴史小説を巡って」も興味深い座談会であった。
何よりも興味深かったのは、濃くのある短編評論が五編並んでいたことである。
高井泉「動詞主義の文体」、中島公男「ことば、そして日本語」、長谷川侑紀「年齢差によるハムレットの解釈」、小林貞弘「破壊と雄弁、あるいは火炎とペン」、加納伸「万葉集を読む」はいずれも内容のある評論で、日本文学と日本語の問題点を指摘し突き詰めていることでは、出色のものであった。東京の評論同人誌「群系」にこのようなものが掲載されるなら、大いに参考になるだろう。月刊「国文学」が全盛期に掲載されていた質の高い経論に匹敵する評論であった。単なる作家論、作品論ではなく日本文学総体の問題点を日本語という特殊な言葉の問題からときほぐす論点が新鮮であった。

  ・日本語の深層究める論文を読みて眼瞠りし花の盛りに  石塚 邦男

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「カプリチオ」49号(東京都)その1 不思議な郷愁に誘われる玉置伸在「あべの筋を北へー梶井基次郎の葬列を追って」、大桑二郎「築地閉場」

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2019年 8月20日(火)23時31分48秒
返信・引用 編集済
  ・玉置伸在「あべの筋を北へ」は、「梶井基次郎の葬列を追って」と副題がついているように、作者が「死にもの狂いに読んだのは梶井基次郎とアルベール・カミューの二人しかいない」と告白しているように、死にもの狂いに読んだ作家の一人である梶井基次郎の墓を訪ねる旅。梶井の足跡を写真と文章でつづって行くのだが、なかなか味のある旅を作者と共に楽しむことができる内容は、渋い味で読者を魅了してくれる。作者はもともと墓場巡りが趣味だそうで、「仕事の都合で東京から大阪へ棲み処を移したとき、最初に思ったのは、梶井基次郎のお墓へ行ってみたいということだった」と記しているのを読んで、なるほど、そのような作者かと、これまた作者の人物にも興味がわいてくるのである。

・大桑二郎「築地閉場」の題名を見たとき、小池都知事の顔と希望の党の異常な盛り上がりと、その後の酔い覚めの後味の悪さを思い出したものである。あの「希望の党」の政治興奮は、いったい何だったのだろうか・・。

 それはともかく、「築地閉場」の作品は、病を押して市場が最後と聞いて出かけることにした作者、という場面から始まる一風変わったエッセイ風の書き出しである。作者はかなり築地には詳しいようで、築地市場がなくなると聞いていたたまれず訪ねることにしたらしく、わざわざ店店を覗いてどのようなことになっているのか、確認しながら歩いていくところが、面白いのである。そして、最後に作者は次のように締めくくる。

「どういった気持ちでこういったことを書いていたのか、今ではわからない。しかし、築地に来てたえず何かを感じていたことは事実であった。ただ、自分にとっての築地は、空腹を満たしてくれた場所だけではなかった気がする」

 この作品はジャンル分けすると「エッセイ」になるのであろうが、こういう文章を読んでいると、小説かエッセイかなんて考えることがいかにもつまらないことのように思われ、作者と共に築地の味と臭いの歴史を噛み締め体験しつつ読み進むテレビ画面を見ているような不思議な気持ちになるのである。かくいう私は、昭和30年代前半に池袋界隈に住み、60年代後半に深川に住んで昔の築地を覚えているが、築地と聞くと東京の下町の思い出と共にタイムスリップして奇妙な郷愁に誘われるのである。

 ・訪ね行く道筋家並み幻のごとく蘇る青春の日々  石塚 邦男

 郵便ー156-0044 東京都世田谷区赤堤1-17-15

           「二都文学の会」草原克芳




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「風の道」11号(東京都)その2 小川原健太「おっぱい遠近法」は知的障害者の施設の話で貴重、諸知徳「後日譚」は史記の背景を浮き彫りにする

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2019年 8月18日(日)13時16分53秒
返信・引用 編集済
  ・田村くみ子「一日一善」は、十数枚の短い作品であるが、土地言葉で主人公の日常を語る手法に味がある。前を行く女性の帯締めがほどけて脇に垂れ下がっている情景描写から始まるのだが、この土地言葉の語り方に魅了された。

・泉紀子は掌編二編構成。

・「大根足」は幼馴染の久子がミス日本の県予選に出かけたという描写から始まる一編。予選を突破して四国の県予選にでる晴れ着を縫うため布地を持ってミシンを借りにきた・・という話であるから、あ、昔のことだな、と読者は気づく。だが、結果は大根足の子が優勝し、久子は落選、悔し涙を流した話。「カモメ」は、散歩に出て、昔小説のモデルであった男に偶然会う。「いまは、酒とタバコと女・・悪いことはしてないよ」と男は言う・・・というような面白い会話が味がある。

・福島遊「ショールーム」は、総合失調症の娘と暮らす日常の点描のショート・ショート。

・吉田慈平「万引き」は、中学生の生徒と万引き常習犯を見張る話から、昔のことを思い出す話なのだが、その自分の万引き体験と心優しい店のおじさんのことから、自分も万引きを許す気になる、心優しい十数枚の話。

・小川原健太「おっぱい遠近法」は、知的障碍者の施設で保護者会がイベントを行い、盛り上げる話なのだが、施設のあれこれが、未知の読者には興味深い内容になっている。作者の狙いは、知的障害の子どもの実情を、読者に知ってもらいたいのだろう。心温まる話の隅で心を痛める読者もいるだろう。

・藤蔭道子「さよならの時間」は、日記形式の私小説。作者の日常を映す目線が繊細。

・諸知徳「後日譚」は、中国前漢時代の太始元年(紀元前96年)、匈奴に臣従した李陵の処罰に関して御前会議が開かれるところから始まる。史記が書かれる背景を描く筆筋は、今時珍しい本格的取り組みで貴重。

・竹内清己「両毛線から越後湯沢ーあるいは人生派・無頼派からの<雪国>」は、両毛線各駅の文学作品との係り合いをつむぐエッセイ。読ませる。

・荻野央「粒來哲蔵の<射程>」は、散文詩人でH賞受賞者の粒來哲蔵の紹介は貴重。

  ・短編の心に触れる物語書き継ぐ人の姿思へり   石塚 邦男

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「文芸思潮」2019夏号の編集後記が示唆的 だが、本当に文学は衰退しているのか?

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2019年 8月18日(日)01時20分33秒
返信・引用 編集済
  ・編集後記に編集・発行人の五十嵐勉さんが次のような示唆的な言葉を記していたので引用してみる。

・1970年代に、三島由紀夫が自殺し、それに代わるようにして中上健次と村上龍が登場して以来、日本文学は2つの流れに分かれた。一つは中上健次が代表する伝統的なリアリズムの文学、もう一つは 村上龍が代表する、軽いポップス調の現代色を流していく文学である。村上春樹などによって前者はしだいに後者に押され、中上健次によってかろうじてその流れを保っていた伝統派は、やがて彼の死によって、その勢いを失っていく。

・九十年代以降の日本文学の衰退は、リアリズム派の喪失によるところが大きい。時を同じくしてパソコンの普及により、バーチャルリアリズムの台頭とその浸透に伴って、リアリズムはいっそう場を狭め追いやられて、主流の立場を失うどころか、息絶え絶えの様である。

・一方現代の問題は、問題の巨大化、深刻化に反比例し、安全と便利さの影に覆われてしまって、リアリズムによる掘削がさらにしにくくなっている。それは活字離れを含めて文学そのものの衰退と結びついているように見える。

・翻って考えてみれば、このままでいいのかという疑問が頭をもたげてくる。やはりいくら蟷螂の斧であっても、問題を真っ直ぐ見る眼、命としての人生や世界や人間を深く見つめる眼を喪失することは、最も重要な根を失っていくことになるだろう。この復権をめざして努力することは、人間の根を守ることに繋がっていることをあらためて振り返りたい。


・・・//以上の文学状況の分析は、よく理解できるし、一面ではなるほどとも思えるが、
問題は<リアリズム手法の復権>でひとくくりできるほど単純ではない。大まかにリアリズム復権といっても、問題はリアリズムの質、内容である。同じリアリズムでも、旧式リアリズムではダメだろう。新しいリアリズムの表現、それがなくては新しい文学の視野は拓くことができないし現代の読者の共感も得られないだろう。
 そんなことよりも、改めて文学におけるリアリズムとは何か、あるいは、<文学におけるリアリティとは何か>を確認することが先決のように思うのだが、どうだろう。

・・・//それは音楽を例にとると理解が早い。先人が開拓した音楽をなぞるだけでは、物真似であり、同じリアリズムでも、単なる復古調リアリズムではダメだ。ここで時代の読者が望んでいるものの変化の実体についても、もう一歩深く分析する必要があるだろう。作者や読者は、いつの時代も、復古調を懐かしむが、単なる復古では満足しないものだ。<安全と便利さ>の現代をリアリズム手法で描くのもリアリズム文学であることを、我々は忘れてはならない。そして、そのリアリズム手法は、旧来のリアリズムではなく、現代のリアリズム手法でなくてはならないのは必然である。

・・・//時代の潮流に逆行するだけでは共感されないだろう。復古調のリアリズムでは、作家として立ってはいけないだろうし、読者も振り向いてくれないだろう。同じリアリズム手法であっても、新しい時代のリアリズム手法の作家でなくては、現代性を獲得できないだろう。となれば、しょせん<文学>は個の世界を掘削する以外になく、時代の潮流がどうあろうと、作者は己を信じるリアリズム手法を開拓する以外にない。

・・・//ここで、<純粋文学><純文学>という昔ながらの仕分け世界が浮かび上がる。
しょせん<本物の文学>は、<少数の読者>を相手に生まれ、書かれるものでありつづけるだけであり、文学は、社会的にはそれだけの意味しか持たないということだろう。あるいは、だからこそ文学は、人類にとって大切で貴重なものとも言える。

///・・・社会風俗がどう変わろうとも、あるいはテーマ、モチーフが何であれ、哀しいかな、現代に生きる作家は現代の諸要素を書き続ける以外にない存在だ。それでしか、自分の存在理由を見いだせないのが作家だからだ。社会が軽くなり、醜く変わったから、昔の良き時代のスタイルに還るのではなく、醜く変わった現代を新しい視点で、新しい表現方法で凝視するのが現代に生きる作家の使命であり、存在価値であるだろう。

・・・//1972年に、私は北海道苫小牧市で、「かざはな」という同人誌を企画創刊したとき、「あなたが最近読んで感動した本は?」というアンケートを行った。このときに皆さんが答えた内容を見て驚いた。こう言っては失礼かもしれないが、その辺の若い女の子やビジネスマンが、意外にも難しい純文学作品を愛読?または読もうと努力している実態が浮かび上がっていたのである。以下に紹介。

・19歳女学生ー「20歳の原点」高野悦子
・20歳女性事務員「火垂の墓」野坂昭如
・20歳女性事務員「されどわれらが日々」「贈る言葉」柴田翔
・20歳女性事務員「見知らぬ顔」船山馨、「充たされた生活」石川達三、「ファンキー・ ジャンプ」
・32歳主婦「高村光太郎詩集」
・20歳学生「現代のアナキズム」ダニエルゲラン
・24歳女性事務員「マルテの手記」リルケ
・19歳学生「イワン・デニーソビッチの一日」ソルジェニツイン
・20歳事務員「近代俳優術」千田是也
・23歳女性事務員「豊饒の海」三島由紀夫
・41歳会社員「エンゲルスの追憶」ベーベル・メーリング
・22歳女性事務員「叫び声」大江健三郎
・21歳女性事務員「お登勢」船山馨
・20歳女性事務員「ユリイカ」雑誌
・40歳会社員「アイヌ神謡集」知里幸恵

・以上のようなものであるが、物書きでもない普通の人たちが、意外にも難しいものを読んでいる、あるいは読もうとしていることがこれで理解できたものである。当時は70年安保騒動のあとで、若者が政治的に先鋭化した時代で、そんなことがここにも反映しているのだろう。きわめて真面目な読書傾向であった。

・それでは、現代の若者にこのようなアンケート調査したなら、結果はどうであろうか?
少なくとも、真面目な作品、作家の一人、二人は挙げるであろう。読もうとして買い入れる大切な一冊、結果として読まずに本棚の隙間を埋める役目しかなくても、大切な一冊は誰しもあるようである。一首献上・・。

  ・大切な一冊位はあるものよ享楽世界の若者にさへ  石塚 邦男



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「音楽には言葉はいらない」と書いた真意

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2019年 8月18日(日)00時55分38秒
返信・引用 編集済
  ・質問(先日、葉書にて以下の質問がありました)

「全国同人雑誌評掲示板」八月四日の書き込み
「音楽に言葉はいらない。人類共通の言語だ。文学だ」
という言葉がありましたが、現実に音楽評論を書いている方がいる以上、
音楽は批評の対象になりうると思うのですが、どうなのでしょう。

・以上のような質問がありましたので、以下にお応えします。

私は、「音楽には批評はいらない」とは思っていませんし、
そう書いたつもりもありません。
ただ「音楽には言葉はいらない」と書いただけです。
その真意は「音楽には説明の言葉はいらない」の意味で使用したのであって、
「音楽は批評の対象にはならない」とは書いたつもりはありませんので、
よろしくご配慮ください。

・早とちりせずに真意をくみとれと言ふか言はずかやはり言ふべし  石塚 邦男

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「響」25号(苫小牧市) センスある礎もとい「スピリッツ」、青木円香「クジラの背中」の暗喩が生きている作品、なかい弘士「流送夫」は力作だが・・

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2019年 8月14日(水)12時30分25秒
返信・引用 編集済
  ・年一回発刊、毎月例会を開き文学について勉強会を持っている。同人誌というよりも勉強会に重きを置く会員同士の親睦に重点を置いているようだ。ゆえに、会員が全力を傾けた作品を同人誌に発表する、という意識は弱いようである。小説は一応9編だが、力を込めて形になっている作品は1、2編のみ。

・なかい弘士「流送夫」は、山の木を切り倒して川の流れを利用して木材を運ぶ仕事を生業としている者のことらしい。富山県の庄川界隈で山仕事についていた一家のルーツの話から説き起こす。明治初期のころの話の意欲作。鵡川町や穂別町史を参考にして重厚な作風になっているが、やや筆筋が旧いリアリズム手法なのが気になるにしても100枚近い力作を書き切ったエネルギーには敬服する。このたび「文芸思潮」の「銀河文学賞」の候補になるなど、重厚なリアリズム描写の作風が評価されたのは慶賀の至りである。

 だが、あえて苦言を呈すると、自然描写、人物描写にしても一本調子のリアリズムではなく、緩急をつけたセンスあるモダンなリアリズム文体を身に着けたい。例えば、場面に合わせて、単文、複文、重文の効率的な文体の使用を意識的に使い分ける描写技術を鍛錬したいものである。一本調子のリアリズム文体は、素人染みた悪い癖である。これが克服できれば、作家として一方の旗を立てる身に成長できるだろう。

・青木円香「クジラの背中」は、幼年期友だちであった女の子同士が、幼少女期の苛め体験、高校、大学生活と友達として成長、私は結婚し小説を書くようになる。私とSの二人は、それぞれ精神的な成長を遂げて来た幼友人なのだ。過激に怒りがこみあげて暴走しそうな私に比べ、Sはいつも冷静であったのだが、大地震で突然亡くなり・・という結末なのだが、作者は鎮魂の意味合いをこめた作品なのだろう。全体として、私小説的手法の作品の色合いといえようか。題名の「クジラ」の比喩的意味が、小説世界の想いをを深めている暗喩的小説であるところが買える作品である。

・礎もとい「スピリッツ」は、酒屋の内部、商店街の様子などの描写が的確で巧い。文体も単文主体でテンポが良いのも切れがあって新鮮。会話のやりとりもセンスがいいので人物が生き生きとして映像的。ちょっと読んだだけで、なかなかの書き手であることが分かる。ショート・ショートではもったいない。起承転結をしっかりつけた30枚ほどに仕立てると、目に止まる作品になるだろう。


・高岡啓次郎「唇紋」は、同じ保険会社に勤めている41歳の主人公は娘と暮らす独身男の主人公。32歳の明菜と男と女の関係で付き合っている。娘が大きくなるまで一緒にはなれないと了解しているふたりなのだが・・。品川のホテルに入った主人公は明菜を迎えて男と女の時間を持つところから始まる。明菜の残した「唇紋」の意味合いをクローズアップしたテクニック短編小説は形になっていた。二人称小説の手法を選択したところも新鮮。

・野沢透子「私の罪」は、外に愛人を作っている亭主に包丁を突き立てたが、やりそこなった妻。亭主はそのことを表ざたにせず、血だらけのまま長男を呼び出して穏便に済まそうとする。私は殺意があったことを認めてほしいのだが、夫婦喧嘩の過失として無罪放免されてしまう。ショート・ショートなのはもったいない素材で、2、30枚にはしたい素材。女主人公が事件の次第とその心理状態を物語る手法を選択したのも、この種の作品には効果的だろう。

・赤松亜美「こんにちは、フィリピン」。樺太で警官をしていた祖父は、敗戦で日本人が皆引き揚げるまで現地にとどまり治安を護る仕事をしていたので、進駐して来たソ連兵に捕らえられシベリア極東で強制労働につき、日本に引き揚げて来たのは戦後四年もたっていた。そんな祖父は突然凶暴な性格になる精神的病に罹っていた。子供の母はそんな祖父が怖ろしく、カトリック教会の神父に救いを求めたという。私は、教会の人たちとフイリピンにボランティアの旅にでる・・・という話なのだが、この作品は前半の祖父と母の話を中心に持って来ると数段よい小説になったろう。フィリピン旅行の場面はエッセイにまとめて切り離した方が良い。小説になるものとならない素材があるものである。小説の出来は料理の仕方で違いがでるものである。
 ・一首献上


  ・書きとめし物の語りの背景に揺るるは夏の花影ばかり  石塚 邦男

  053-0047 苫小牧市泉町1-3-16 榎戸克美方 「いずみ同人会」

       電話ー0144-35-0234

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久石譲の音楽

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2019年 8月 4日(日)09時36分3秒
返信・引用
  ・久石譲の音楽「もののけ姫」「魔女の宅急便」などの音楽を聴くと、心があらわれる。
音楽に言葉はいらない。人類共通の言語だ。文学だ。

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新しい日本文学の潮流を同人雑誌から・・10月19日「全国同人雑誌会議」

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2019年 8月 2日(金)10時59分51秒
返信・引用
  ・「全国同人雑誌会議」が10月19日午後1時から池坊東京会館で開かれる。
これは「文芸思潮」と名古屋の「中部ペンクラブ」共催で、キャッチフレーズは
「新たな創造エネルギーの発露へー文芸復興をめざして」と題している。

・当日は「同人雑誌の新たな結合に向けて」として、活字文化の現状と同人雑誌の役割と意味を再確認するシンポジュームを開き、同人雑誌関係者の提言、話し合いをもって、
低迷する同人雑誌活動を鼓舞する狙いか。

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「新ひだか文藝」13号(新ひだか町)その1 力作は長瀬千年「笑説 生涯一記者ー十勝平原の攻防」

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2019年 7月31日(水)01時19分52秒
返信・引用 編集済
  ・この「新ひだか文藝」の前身は、確か医師でありながら小説を書いていた堂本茂さんの主宰する「静内文芸」であったはずである。堂本さんの出版記念会に平成五年の時期に出席した記憶がある。その折の二次会で作家の小桧山博の見事なカラオケの歌いぶりを聴いたものであった。「静内文芸」時代から言えば、通算39号になる。過疎化による町村合併が文芸誌の誌名に微妙に変化を与えているところも、地方同人誌の宿命か。

・長瀬千年「笑説 生涯一記者ー十勝平原の攻防」は、大手の新聞「北海道新報」の記者が、十勝の地元紙「十勝民友」に苦戦しながら奮闘する話で、苫小牧の地元紙「苫小牧民報」の記者をしながら、大手の「北海道新聞」に対抗する紙面作りをしてきた私にとっても興味深い内容で、小説というよりも「ドキュメント」的物語として面白く読んだ。

 新聞社同士の取材合戦、企画合戦、熾烈をきわめる部数競争を背景にした記者の奮戦を赤裸々に内部から書いているところが貴重でありドラマチックだ。単なる小説家では書けない新聞社の内部事情が書かれているところがドラスチックな興奮を読者に提示しているところが、この作品の価値であろう。

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「山音文学」132号(北海道豊浦町) るしあ「しろつめ草の叢」170枚の力作

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2019年 7月29日(月)00時04分18秒
返信・引用
  ・北海道の老舗同人誌である。「人間像」「札幌文学」と並んで戦後の北海道文学を牽引して来た同人誌。赤木三平が豊浦の山奥に同人誌を発行するため戦後開設した印刷所が、同人雑誌振興のけん引力になったことは有名な話である。

るしあ「しろつめ草の叢」は、愛犬家同士の知り合いになった独り暮らしの老婦人との交流とその夫人の死を描いただけの作品なのであるが、人間の奥深い生活の営みのあれこれを描いた筆筋の細やかさが、作家的視点に裏打ちされていて静かな感動を呼ぶ。特別とりたてて新しい文学的な視野はない保守的な文学的資質であるにしても、この細やかさも作家としてのひとつの才能といえるだろう。一昨年は北海道新聞文学賞を受賞しているなどであるが、若い時から光った書き手であった。

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「風の道」11号(東京都)その1 小説創りのツボを心得た秀逸は大森盛和「K子の失踪」、間島康子「雨女ー一葉の恋その2」は作者の詩人気質が見事に一葉の心象を盛り上げる渾身の作風で先行き注目

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2019年 7月28日(日)09時58分23秒
返信・引用 編集済
  ・編集後記を読むと、この雑誌は葉山修平と縁が深いらしいことが分かる。
昭和三十年代、学生同人誌をやっていた頃、「文学界」「群像」「新潮」などの文芸誌を
むさぼり読む時期があった。新刊は買えないので二、三ヶ月遅れの雑誌を古本屋で十円で買読んだものである。早く読みたい注目の作品は区立図書館や大学の図書館で読んだもの。
大江健三郎「叫び声」は「群像」であったか、島尾敏雄の「出発はついに訪れず」も「群像」であったか・・。そんな文芸誌のなかに葉山修平の作品があった記憶がある。

・今号から会員も一挙に増えて、旧会員の作品も力の入った作品が目立ち、新顔の参加により一段高く活性化してきたようで、会員の意欲も高まって行くことと期待したい。

・敷香高子「春光」は、モモの祖父と結婚した私の目線から、バングラデッシュ人を父親に持つモモという女の子との生活を描写している作品。高校を卒業したモモは東京の専門学校に進学することになった。君子蘭にカタツムリが付いていたことから説き起こしている何気ない場面がいい。7、8枚のショート・ショートの小品だが味がある。20、30枚ほどにしたい作品である。祖父のジジの表情がいい。

・大森盛和「K子の失踪」は、昔、主人公の私が中学校の教師をしていたころ教え子の女友だちであったK子がいつからか一人で遊びに来るようになっていた。そのK子が大学に進学するようになっていた。私はいつも奈落に無限に落ちていく夢に悩まされていた。その日も悪夢から目覚めると、雨戸を叩く音がしていた。K子が立っていて「誕生日のプレゼントです」と2匹の金魚の入った金魚鉢を置いて行った。

 その金魚を見た日から嘘のように悪夢を見なくなった。私は毎日金魚鉢の水を取り替えて大切に飼い続けた。ある暑い日、帰宅し金魚鉢を見ると2匹とも腹を上にして死んでいた。しばらくしてやって来たK子は、「2週間も生きていたら良いなって思っていたんです。それが2か月も生きたんですから、お手間をとらせました」といって、庭の金魚の墓に手を合わせた。そんなK子のことが半世紀経ってもなぜか忘れられない。

 それから半世紀が過ぎた今、生活習慣病の治療のため、毎日江戸川の土手を歩く日課。遠く富士山が遠望できる。その富士山で、K子は昔、アルバイトすることになり、私のところに訪ねてくることがなくなって寂しい想いをしたことを思い出す。私は死ぬまでに富士山登山をしないのは情けないことだと、登山を決意する。それは、K子が去ってから奈落に堕ち続ける夢を再び見るようになっていたこととも結びついていた・・。

 奈落の夢とK子のくれた金魚鉢を暗喩的な小道具に使うところなどなかなかである。さらにこの作品におけるK子のアルバイト先の富士山のこの作品における象徴性の持つ意味など、二重三重の暗喩的手法を使うところは並みの作家ができる技巧ではない。この登山しようと決心する老年の男の心情が、影絵のように描かれた小説創りの巧みな秀逸であった。平凡な素材を見事に料理していく小説創りのコツを知っているかなりの書き手である。

 この小説がなぜ巧みなのかを読み取れる者なら、相当の小説づくりを知っている書き手であろう。この作者は、小説創りの技術に関してだけ言えば、葉山修平より上である。ただ、読者は思うだろう。妻子ある教師がK子に対し、男としてどのような深い感情を抱いていたのだろうと、主人公の口からはっきりと語らせてみたくなるにちがいない。

 だが、それをリアルな場面としてや心象小説としてあからさまに描くのではなく、喩法のうちに暗示する手法を選択したところが、この作者の優れた小説作法なのである。

・間島康子「雨女ー一葉の恋 その2」は前号に続く樋口一葉を主人公にした小説であるが、特に半井桃水との恋愛に絞ったところが特異。意識的に柔らかな文章で綴っている文体が内容に溶け込んでいて、作者の詩人資質が内容にふさわしい抒情を盛り上げ、作者の並々ならぬ思い入れが読者に伝わってくるのがいい。作者が全力を傾注しているのが秀麗な文体で判別できる。この稿で30枚の力作になっているが、完成すると、これまでにない反響を呼びそうな気配で先行き注目である。


 ・仕組まれし心象の景見事なる作品読みきシュールリアリズム 石塚 邦男

 ・一葉のけなげな心の翳映す静けき雨の日作品読みき

 郵便ー116-0003 荒川区南千住8-3-1-1105 吉田方
                 「風の道同人会」

          電話ー03-3806-4715

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ネットで観ると・・

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2019年 7月20日(土)01時07分45秒
返信・引用 編集済
  ・山本太郎の演説は、天才的ですね。
大衆、特に若者の心をわしづかみにする。
新しい風ですね。昭和の田中角栄的、平成の橋下徹的人気。

・次の衆議院選挙では台風の眼に成長しそうだ。

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村田諒太ーロブ・ブラント

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2019年 7月16日(火)04時38分5秒
返信・引用 編集済
  ・村田諒太の二回ノックアウト、凄かった。
勝って良かったですね。おめでとうございます。
チャンピオン奪還しました。

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「詩と眞實」3月、4月、5月、6月、7月(熊本市)地震に襲われた一家、夫婦の愛情は北原政典「揺れる」

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2019年 7月15日(月)19時20分20秒
返信・引用 編集済
  ・月刊とは、たいしたものである。毎号50、60枚たらずの薄い同人誌であるが、通算で840号台に乗せる。

・創作では3月号に北原政典「揺れる」が熊本地震に襲われた一家の話を夫婦の愛情とともに描いていて読ませた。同じ号に武村淳「虹色のあじさい」が故郷に帰って来た若い女の子紫緒と人間のイケメンに扮した燕の精との交流という幻想的話で意外なSF的というか、童話的ファンタジーというか、ロマンを含んだ話は、もうひとひねりしたいところ。

 詩作品は尚泰二郎「ケロイド」、近藤菅男「石の詩」など二編、井本元義「喪失二」と並べたいずれも質の高い作品。

   母の記憶と僕の記憶が繋がる場所
   火傷の跡をそっと撫でると過去の扉が開く(尚泰次郎「ケロイド」最終連)

・4月号の小説は戸川如風「夕陽」が、戦国時代の武将・荒木村重が織田信長につくか毛利方につくかを迫られる場面を中心に、戦国時代を生きる武将の苦悩を描く。木下恵美子「山野行の闇」は、桜島が爆発した100年前に生まれた女の介護生活と思い出に生きる年寄りたちの生活とその周辺描写。

 詩作品は、林恭子「バルバラ」、井本元義「罪の木」、寺山よしこ「君はつねに進歩している」、右田洋一郎「さくらのころ~Мに」、富田薫夫「永遠」。このうち、やはり井本元義の作品がいい。なぜいいのか、朗読してみると理解出来る。言葉の流れに韻律があるからだ。いわゆる<意味的韻律>である。もちろん、他の作品も質の高い日本語の<現代詩>ではあるが、井本の作品は、欧米詩の源流である詩精神を継承しながら、日本語に転位した<意味的韻律>すなわち朔太郎の言うところの韻律のある作品であるため、優れた<現代詩>というのである。

    妄想の花よ はたして私の罪は何だったのか 虚の果実よ
    もう私を責め苛むな (井本元義「罪の木」最終連冒頭)

・5月号の小説は階堂徹「キャッチボール」が貧しい野球少年の話で読ませた。地区大会の強化キャンプに参加するには費用がかかる。それを母親に言い出せない小学生・・というような話。武村淳「藤棚のヴィーナス」は、前作のファンタジー風の作品を継承しシリーズものを意図しているのか、藤棚の女の妖精が素敵な連れ合い相手を捜す話。藤棚にやってくる男たちを物色していると・・という話は、ロマンチックだが、小説としての個性と魅力にはやや欠けるか。筆は達者なのだから、もっとシリアスなモチーフ、素材をネタに書いてほしい気がする。角田真由美「蛍の村」は、大手の商社の営業マンであった夫の修平は、友人に誘われて会社を興して間もなく倒産。廃車寸前の車で片田舎に逃亡しようと二人でやってきたのだが・・・という話。着想は面白い。

 詩作品は,さくら七海「ひこばえ」、寺山よしこ「こだわり」、井本元義「部屋」

    今夜は月も星もでていない
    やっと一日が終わる
    ぼくはこれからのすべての友人に絶交状を書こうと思う
              (井本元義「部屋」最終三行紹介)

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